「鬼道……ですか?」
横に立つ夜一に告げられた言葉を、オウム返しで問う。
「そうじゃ、お主には鬼道で対処をしてもらう」
ジン太からみんなが待っていると地下勉強部屋に呼ばれて行けば、いつもの三人が円を描いて立ち話をしていた。その中に混じって佇めば、聞いたことのある単語があれよあれよと出てくる。
呼ばれた理由もわからず黙って聞いていると、何やら切羽詰まっている様子だった。
話の流れでわかったことは、自分に何を習得させるかが議題だったようだ。
そうして夜一から言われた言葉が「では、やはり鬼道じゃな」だった。白打だけではなく本格的な術を学ぶだなんて思いもしなかったゆかは、ただただそれを聞き返した。
──なんで、人間の私が鬼道を……?
ふと、織姫やチャド、そして完現術者の人たちを思い出す。
家族が虚に殺されてはいないから、霊力は完現術所以のものではない。
一応人間なんですけどって伝えた方がいいのかと頭に浮かんだが、そんなこと言っても笑われるのが落ちだろうなと安易に想像できた。そもそも白打も鬼道も死神だけの高等技術なのでは、と余計な知識が疑念を溢れさせるばかりで。
──一護みたいに魂魄になって死覇装になるのかな。いや、よくわからない……。
難しい事情が解せず黙り込んでいると、正面にいた喜助がようやく口を開いた。
「ゆかサンの魂魄、霊力は死神戦術の会得が見込めそうなんスよ。要は剣は振るわなくとも死神所以の力、すなわち鬼道が打てる可能性があるってことで。あ、でもこの間会ったような死神姿にはならなくても大丈夫っス」
「はあ、」と場の雰囲気に合わせて相槌を打つ。説明してもらったようで、肝心な部分は伏せられたような。こちらが疑問に思っていた部分はあまり解消できていない。喜助の表情も目深に被った帽子で察せない上に、あの夜以来まともに会話を交わしていなかった。
彼の他人行儀な態度は、のどに小骨が引っかかる。
「ということじゃ神野。テッサイが鬼道については熟知しておる。基礎はテッサイに習うとして。儂や喜助も指導につくが、それは実戦に応じたものをと思うとる。異論はあるかの?」
「そのように致しましょう。神野殿の素質から見れば、私の指導は早々に終われるかと」
「ボクのはいつでもいいっスよ。実戦を考慮した方がやりやすいですし。また呼んでくださいな」
「よし、では始めるぞ」夜一の合図の後に「皆さん、よろしくお願いします」とゆかは一礼した。
まずは基本授業からということで、テッサイとゆかが残った。
夜一と喜助は地上へ戻って行く。その去り際「テッサイとの指導が終わったら、あとで来てもらえます?」と喜助が訊いた。「はっはい」慌てて振り返る。けれども彼は視線をこちらに向けることもなく、返事を待つわけでもなく、カラコロと下駄を鳴らして行ってしまった。
彼の言動がまるで業務連絡のようで、少しだけ寂しかった気がした。……気がしただけだ。
「いいですか神野殿。鬼道というのは……」
テッサイが大学教授のような口調で始めると、ゆかは鬼道の種類から霊力の込め方、放ち方などを丁寧に説明を受けた。その最中はしっかり理解していたものの、喜助の妙な態度が気になって仕方なかった。テッサイには申し訳なくなりながらも、なかなか身が入らず集中できない。
開始から数時間が経過した頃、ゆかは一度休憩をしたいとテッサイに申し出た。顔を洗って冷やした方がいい。違和感があったからといって彼のことばかり気にするなど馬鹿げている。
すると意外にもテッサイは「初日から結構な量を教えました故、本日はこれにて終了で良いですぞ」とゆかの調子に合わせてくれた。
「では明日もお願いします。テッサイさん」
「こちらこそ。神野殿、どうかご無理はなさらずに」
テッサイに不穏な気持ちが伝わっていたのだろうか。
本当にこちらの人たちは他人を悟る能力に長けていると感心する。
──ああ、終わったら来いって言ってたっけ……。
気が乗らない、と重い足取りで地上へ向かった。上がって廊下を進むと、右手に喜助の部屋が近づいてくる。なんで勝手に気まずい思いをしているのか訳がわからなかった。
もとはと言えば先ほどの喜助の態度が変だったからで。
と思う反面、知らぬうちに失礼なことをしでかしたのではと自責の念に駆られていく。
彼の自室へと辿り着くと、はあ、と溜息にも似た深呼吸をして落ち着かせる。何事も起こりませんように。神頼みをして引き戸を見つめた。そう願掛けをしたものの、第一声に悩んでしまって。
戸に指をかけたまま固まる。すると中から「入っていいっスよォ」といつもの声が響いた。
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