子供たちが寝静まり、夜の深まりも増した頃。大人組は長いことプレゼントを身につけてはしゃいでいる。それを眺めるだけで綻んだ。夜一はテッサイのニット帽姿を見て笑い転げて、猫耳の彼女は可愛さが極まる。呑めない酒の誤飲で絶好調なのか、仰向けになってからからと。

 ──喜助さんと夜一さんの誕生日は祝えない。その分、今日はめいっぱい笑っていてほしい。

 本人から話されるまで勝手に祝っては怪しまれる。自らを追い込むような地雷を作らぬよう密かにお祝いした。これから訪れる大好きな二人の誕生日を。遠巻きに座っていたゆかは彼らの誕生日ケーキと重ねながら、一口。甘いな、と頬を緩ませる。
 喜助はおもむろに隣へ腰を下ろした。お猪口に注いだ新しい酒をお供に楽しそうだ。

「とても美味しかったですよ。アタシらにも子供たちにも、わざわざスミマセンねえ」
「いいんです、私がしたかったんです。内緒にしてまでする事ことはなかったけど、それでも。結局は私の自己満足ですね」

 また一切れ、口に含み味わう。結局は甘い物に目がなかっただけなのかもしれない。

「あー。先ほどは心配の余り少し厳しく言ってしまいました。ただわかって頂きたいのは、みんな貴女の帰りを待っているということ。アタシだけじゃない」
「そう言ってもらえて……もったいないくらいです。私はまだお役に立てないことが多いので」
「貴女が居る、それだけで場が和む。わかったでしょう? ゆかサンが笑うとみんな楽しいんス。充分、役に立ってるじゃないスか」
「あ、ありがとうございます……」

 煽てだとわかっていても照れてしまう。持ち上げられて嬉しい気持ちにならない人はいない。しかも普段おちゃらけたことしか言わない人に褒められたら尚のこと。だが一方で妙に優しぎるのは、お酒のせいだろうかと勘繰ってしまう。素直に受け取れないゆかは小さく息を吐いた。

「普段はふざけて苛めてばかりなのに、ほんと狡い人ですよね、浦原さんて」
「今のは本心っスよ? ゆかサンを苛めるなんてそんなぁ」
「いじめっ子は自覚がないんだそうですよ。さては生粋のいじめっ子ですか」
「でもまあ学校の不良が普段より善い行いをしても、一般的に見ればごく普通の行動だったりしますしねえ」
「自分で言いますかねその長ったらしい例え。言い得て妙ですけど」

 他愛もないことを話し込んでいると、いつの間にか夜一とテッサイは仰向けに寝息を立てていた。
 酒を浴びるように呑んだのか、空いた瓶があちらこちらに落ちている。
 それに気づいたゆかは宴の後片付けを始めた。

「アタシも手伝いますよ、っと」
「いえ、浦原さんも休んでいていいですよ。お酒たくさん呑んでいるんでしょう」

 彼は酒に呑まれてはいないものの、いつもより仄かに頬が赤く、とろんと垂れている。
 ゆかが皿やら瓶やらを台所へ運ぶと、休んでいいと言ったのに喜助は後ろをついてきていた。
 以前にも、自宅で同じようなことがあったような。

「ゆかサン。台所がよく似合いますね」

 寄れば寄るほどお酒特有の匂いが漂う。

「……もしかして、相当酔ってます? 前にもうちの台所でからかってきましたよね」
「じゃあ酔ってないことになりますかねえ」
「はあ、酔っていても理屈っぽいんですね。何しに来たんですか? 何か欲しいものでも?」

 隣で項垂れる喜助を他所に持ってきた皿を洗うと、ゆかの横顔にじっと目を向けた。

「そっスねぇ。貴女を奪いに、とでも」
「またそういう……あ。酒臭い。やっぱり酔ってる」

 見兼ねたゆかは躊躇うことなくコップに水を注ぎ、喜助に手渡した。

「はーい。しっかり飲んで酔いを覚まして下さいねー」

 背中を押して、喜助を宴の場へ戻した。
 すると今度は転がっている夜一とテッサイが視界に入る。

 ──あーあ、毛布かけないと風邪ひいちゃうよ。

 押入れから掛け布団を三つ。お腹を出して寝ている夜一とテッサイにかけてあげた。
 喜助も胡座をかいて座り込み、眠そうにしている。彼には水を渡したはずなのにいつの間にかお猪口に早変わりしていた。これではまた悪酔いしてしまう。喜助がお猪口を卓へ置いたところで、近寄った。
 彼にも毛布を肩からかけて「寝てもいいですよ」と気遣うと、腕を掴まれ。
 勢いよく手を引かれた。一瞬の出来事だった。

 視界が反転し、座った喜助を上から見下ろしていたはずが、下から。
 彼に毛布をかけたことで、自分もその中に収まっている。しかも両腕を押さえられて。

 ──この状況は、まずい。

 だから水を渡したのにこの酔っ払いめ、と冷や汗が滲んできた。

「ちょっと、離してくださいよ」

 あまり大きな声を出すと他の二人を起こしてしまう。囁くように抗議する。
 喜助はその訴えに応じることはなく、僅かに潤んだ琥珀色の双眸がゆかの思考を揺らした。

 ──いやほんと酒臭! ただの酒癖悪いおっさんになってるし。

 とにかく意識を正常に戻すしかない。懸命に呼びかけなければ。

「浦原さん、」

 ほんのり赤く揺れる瞳へ必死に訴えかけた。真っ直ぐな眼差しに囚われそうになりそう。

「……浦原さん、離して」
「………」

 視線は合っているはずなのに返答がない。
 正気を失った悪質な酔っ払いとはこんなにも厄介なのかと思わされる。

「……きすけ、と」

 ようやく開かれた口が紡いだ言葉は、彼の名だった。

「はい?」
「喜助、と貴女は言った。なぜ」
「えっと。何言ってるのかよくわからないんですけど」
「あの時、どうして。本来……貴女は……」
「ですから何のことか……」

 急に何を言い出すんだ。今まで一度だって名前で呼んだことはない。皆無だ。
 誰かと勘違いしている、そうに違いない。何故なら絶対に名前で貴方を呼ばないし、この先も呼べない。真実を告げたことも。これから告げることもないのだ。

 ゆっくりと瞬きをした喜助は、最後の瞬きから目蓋を上げなくなった。寝てしまったのだろうか。
 ゆかは今がチャンス、と押さえられた手を解き、うんしょ、と布団から這い出た。

 ──び、びっくりしたー!! 喜助さんって下戸なの? 知らなかったな……。

 うつ伏せで寝息を立てる喜助に毛布をかけ直す。高鳴る鼓動を落ち着かせるべく、ゆかは再び台所へ戻って行った。台所で洗い物を再開するも、手が止まってしまう。先ほどの喜助の表情が脳に焼き付いて離れない。あんな目で、悩ましい姿を剥き出しにするなんて。彼らしくない。一体なにがどうしてしまったのか。喜助にしては、というより、やはり酒の仕業なのだろうか。

 彼は『どうして』『なぜ』そういった疑問を持つことさえないと思っていた。なんでも解っている、全てお見通し。それが喜助だと思っているからだ。
 ここまでへべれけにしてしまうお酒とは恐ろしいものだと改めて認識した。

 ──一体、なんのことを言ってたんだろう……。

 あんなことが最後に起きると楽しかった宴も、美味しい御飯も、遠いことのように霞んでいく。
 かちゃかちゃと溜まった洗い物を片付けては、一連の会話が頭で反響していた。

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