暗がりの玄関に電気を灯すと、そこにはしかめっ面のジン太が立っていた。
「あ。ただいまジン太くん」
「お前! どこ行ってたんだよ! 店長が心配して、あ、──」
その背後にいる喜助に気づいたジン太は言葉を止めた。
「ジン太、黙っておれ。不穏だった喜助のことなど知らぬふりをするのじゃ」
「帰って来て早々やかましいっスねぇこの家は……さ、ゆかサンも戻ったことですし、みんな晩ご飯にしますよー」
ぱんぱんと喜助が手を打ち鳴らして、屋内にいる雨とテッサイを呼ぶ。
揃って一室へ向かう中、ゆかは急いで荷物からある物を取り出し、手早く支度をした。
──これでよし、と。
円卓を囲んで「いただきまーす!」用意してくれていた夕食を会話を交えながら食べ始めた。
ここ最近はお鍋やおでんが多かったが、今晩は豪勢にお肉やシチューが卓の中心を彩っていた。
その豪華さに、おお、と子供も大人も釘付けになっている。商店のみんなもこの日を意識しているのかな、そう思うと一層彼らが愛おしくなった。
「あーたらふく食ったのぉ」
「ごちそーさまでしたー」
夜一は横になり、雨やジン太も手を合わせて満足そうだ。
今がちょうど良い頃合いかなとゆかが様子を窺って席を立つ。先ほど用意したものを台所へ取りに行き、それを慎重に運んでいった。
「えっと、皆さん。今日は特別な日なので、こういうものを用意しました」
手には白いクリームに苺が乗った定番のショートケーキと木こりを模したブッシュ・ド・ノエルだ。そう、今日の目的はクリスマスを祝うこと。
この世界に神様が居ても居なくても、現世で親しまれているこの行事をみんなで楽しみたかった。
浦原商店ではあまり行事を祝ったことがないようで最初は無反応かと思われたが、二種のケーキを前に子供たちが声を上げて喜んだ。
「うまそーだな! これを買いに行ってたんだな!」
「ゆかさん……ありがとうございます」
やっぱり無邪気な子の喜ぶ姿は心満たされる。
「イブですけどメリークリスマスです! みんなで食べましょう!」
ケーキを切り分けて配っていくと、嬉しそうに夜一が擦り寄ってきた。
漂うお祭り気分はまるで気まぐれな猫そのものだ。
「神野は粋なことするのう! このな様な素敵なものを用意していたとは、心配無用じゃったな」
なあ喜助? と横へ話を振る。当の喜助はそれを無視し「いただきまぁす」と、ゆかから分けてもらったケーキを誰よりも早く頬張っていた。
「これ、皆。ちゃんと礼を言うたか? 儂らに内緒で買うてきたんじゃぞ」
「いやぁ、ありがとうございます、ゆかサン。あとでアタシからご褒美差し上げますねん」
「喜助の褒美は神野を困らせそうじゃ。儂がもらってやろう。なに、遠慮するな」
ニヤニヤと攻める夜一は随分と饒舌だ。よく見ると彼女の持つ手にはミルク、ではなく。
いつの間にやらテッサイたちへ用意した酒へと変わっている。確か夜一は酒が苦手でミルクを好むはずなのに。間違えて口に含んでしまったようだ。
彼女は「今日のは別格な味がするのう!」と疑問を抱くことなくそのまま呑み続けている。
──いや、それ別格というか別物ですけどね……。
もしかしてこれだけで酔ってしまったのかと心配になる。これではただの酔っ払いの絡みではないか。けれどたまにはこういうのも悪くない。ゆかは頬を緩め大人のやり取りを眺めた。
一方、ケーキを食べ終えた子供たちは満腹になったようでとても眠そうにしている。
「ジン太くん、雨ちゃん。寝てもいいよ。夜一さんたちはまだ起きてるみたいだし」
見兼ねて伝えると、彼らははこくんと頷く。「おやすみー」ふらふらと廊下へ消えて行った。
あの二人が寝たら枕元に用意してあげる。これも今回の目的だ。クリスマスと言ったらケーキとプレゼント。前の世界では当たり前にしてもらっていたことを与えたかった。それは大人三人にも。
「では皆さんには先にお渡ししますね。はい、クリスマスプレゼントです」
ギフト仕様の箱をそれぞれに渡していく。三人は驚いたように、けれど御礼を言いながら受け取った。その場で開封すると、まるで子供のように騒ぎ出した。
「ほう、これは実に暖かそうですな。冬の寒さに良き品で」
テッサイには黒いニット帽。
「儂にはちと遊びすぎぬかのう? どれどれ」
夜一には猫耳の付いた耳あて。
「今度からこれを巻いて出かけますね。しかし女性からの贈り物は喜ばしい限りっス!」
そして喜助には白いマフラーを。
「喜助、お主も神野にお返しをせんとな」
その言葉にゆかがすかさず反応を示した。
「あっ、今日のこれは私がお返しなので。そういうのは気にしないでください!」
「ほう。なんじゃ、喜助が先に褒美をくれたのか。なにをもらったのじゃ?」
「それはアタシとゆかサンの秘密っスよー、ねえ?」
「いえ、秘密と言うか……とにかくですね。普段お世話になってる皆さんへのお返しです!」
それ以上探られないようにキッパリと言い切った。これで詮索は収まっただろうか。喜助からは早いうちにクリスマスプレゼントを頂いてお返しをどうしようか迷っていた。それを考えるうちに、だったら全員にもあげたいという考えに辿り着いた。
──明日の朝、ジン太と雨はどんな顔をするかな。
枕元に置くプレゼントが喜んでもらえるか不安でもあり、楽しみでもあり。
これが親心だったのかな。ふと頭に過る元世界の懐かしさ。そんな想い出に蓋をするように、あまり呑まないお酒を注いで一気に呷る。
かあっと喉を焼くようなアルコールが、別世界にいるのだという現実を滲ませた。
目前の三人は浮かれたように、酒だのミルクだの手に取っては賑やかにして。
その微笑ましい様子に今はこの幸せがあれば充分、と眦を垂らした。
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