順調に進めていくと、時間もいい頃合いに。ようやく終わりが見えてきた。
予想以上の人混みと待ちの列に、当初の予定よりも大幅に時間がかかってしまった。真冬の空とあって陽が落ちるのが早く。辺りの街灯は灯り始めた。
──ジン太、うまく誤魔化してくれたかな。って霊圧探ればバレちゃうから意味ないかも……。
黙って出てきたことに今更後ろめたさを感じながらも、最後の一つを手に入れた。
これでミッション完了、とひと息つくのも束の間。今晩は特別な夜なだけあって、より人が密集してきた。若者たちが群を成して波のように押し寄せてくる。
──う、うわあ。せめて住宅街までは、辿り着かねば。
駅や繁華街へ向かう群衆の流れを掻き分け、ゆかは逆行していった。
両手の荷物を大事に守りながら進む。なるべく人に当たらないように避けていくがなかなか難しい。ちゃんと注意していたにも拘らず、どんっ! と脇腹に肘打ちを喰らってしまった。
地味に痛くて、うう、と前屈みに。雑踏の中をよろけながら一時避難した。
それにしても、祭りか? と溢れんばかりの人、人、人。道の隅で荷物を置いて休むことにした。
至る所で聴こえる冬らしい音楽が心躍って心地良い。手袋がなくてかじかんでしまった指先に、はあ、と息を吹きかけて。響き渡る音色に聴き入る。ぱあっと明るく光り始めた街路樹へ目を向ければ、ゆかはその眩ゆく細かな電球たちに「うわあ、きれい」と零した。
──……早く、帰ろ。
この楽しい気持ちのまま、浦原商店へ帰りたい。早く帰ってみんなに会いたい。
今日は特別な日なのだから。行くぞ、と気合いを入れ直して再び荷物を手に握る。
こういう時に瞬歩が出来たらな。潔く諦めたゆかは帰る方角へとぼとぼ足を向けた。
カラン、コロン。遠くか近くか。どこかで響く聞き慣れたそれは、紛れもない彼の音。
こんな真冬に下駄だなんて。彼の他には居ない。うそ居るの、と考えるよりも早く目で探してしまって。けれど行き交う人々に視界を妨げられ、なかなか見つけ出せない。
「お迎えに上がりましたよん、ゆかサン」
やはり来ている。その声を頼りに過ぎ去る人の中を探した。一人だけ。流れを遮って歩いてくる縞模様の帽子が。一瞬にして、心が安らぐ。
「浦原さん、」
「暗くなってきたので、ジン太に聞いたらすぐに白状しました。ダメじゃないっスかあ」
「ごめんなさい。どうしても、出たくて」
「いえね、アタシに内緒で出るのはいいんですが。心配をかけるのは、褒められませんねぇ」
笑っているものの、声色はいつもより鋭い気がする。いや気のせい……ではない。
これは怒らせている。まだ虚に狙われる可能性だってある訳だし、確かに安直な考えだった。
いくら霊圧の制御が出来るようになったとは言え、所詮しないよりはましな程度のもの。護身術さえも受けていない状態で虚に襲われたら、まず助からないだろう。
「早い時間に帰れば大丈夫かなぁって……。軽率でした、反省してます」
悪いことは悪い。心配をかけたことは謝らなくては。
夕飯時できっとみんなも待っているし、だからジン太も心配してすぐに白状したのだろう。
「時間もそうなんスけどね、これっスよ。この量の買い物を一人でするなんて何で言ってくれないんスか。前みたいに行ってあげたのに」
そう言って、喜助は溢れた荷物を持って歩き出した。
ゆかは慌てて「これは自分で持ちます!」と喜助に近寄る。
「じゃ、半分こしましょ」
軽い荷物をゆかに渡して再び歩き始めた。迎えに来てもらった上に荷物を持たせてしまって。
さらに後ろめたさを感じる。ゆかはその横を離されないようについていった。
「今日のことは本当にごめんなさい。その、」
「事情があるんでしょう。根掘り葉掘り聞きませんから、ご安心を」
語尾が先ほどよりも軽やかでほっとした。
ああ声が優しいいつもの喜助さんだ、と横顔を見上げると目が合った。
「その代わりっスけど、」
「はい、なんでしょう」
「瞬歩は使いません。罰として歩いて地道に帰りましょ」
そんなものが罰で良いのかと傾げた。喜助は罰と言いながらも、どことなく嬉しそうだ。
然程加虐的でもないのになあと首を捻る。
「いいですけど……? 浦原さんにしては優しい罰ですね?」
確かにさっきまでは瞬歩が使えたらと狡いことを考えていたけれど。
今は荷物が半減している分、歩いても問題はない。むしろお仕置きと捉える方が不思議だ。
「あはは、そっスね。罰というよりはご褒美っスね」
「えっと、そっちもよく意味がわかりませんが……。とにかく帰りますか」
頭の良い人は一人で納得するから理解に苦しむ時がある。まさに今がそれ。よくわからないことを言ってひとり楽しんでいる喜助を余所に、ゆかは変わらない歩調で商店へと向かった。
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