オートロックの呼鈴が鳴る、呼出画面を見る、──誰もいない。
玄関前の呼鈴が鳴る、ドアの小窓を覗く、──長髪の女がいる。
「いぃやあぁーッ、もう嫌、帰りたい!! 平和だったあの頃に戻りたい!!」
ジェットコースターばりの絶叫が今日も響く。これが一日に複数回はあるのだから、心身共におかしくなるのは当然である。肝試しや心霊スポットも、興味本位で行くとかえって幽霊様を怒らせてしまうだろうから行かなかったというのに、今までの善意と気遣いは何だったのか。ゆかはその裏切られた気持ちも相まって、もう嫌だと叫んでいる。常日頃は感情的にならず、落ち着いて言葉を発している自分でもこればっかりはどうも慣れない。涙が浮かび今にも零れ落ちそうだった。
──い、一護、凄すぎる。どうやって慣れるんだこんなの!
しかもこういう時に限って、「お困りですかぁ?」なんてヒーローの登場もなし。やっぱりお話はお話だったのか。境遇に憤ると突如、プルルルル、と大きく響く高音。びくぅっ! と、鳴った着信音に肩が跳ね上がる。死の着信音でも鳴ったかのように恐る恐るそれを手に取り、発信元を確認する。
──『黒崎一護』
ああ良かった……良かった、と深い息を落としてから通話をタップした。
「……は、はい……」
今にも消え入りそう声で応答する。
「おぉう、どうした、大丈夫か? ゆかさんの霊圧に妙な動きを感じたから」
その言葉に耳を疑うも、彼の発言を聞い返しながら否定した。
「れいあつ? 無いですよ、そんなもの」
「あ、霊圧ってのは、体外に出てる霊的な圧力だ」
それは知ってます、読みました。そうじゃなくて、何故霊力がほぼ皆無の自分に圧が出るのかって話です、と心の中で突っ込んだ。
「俺もこの間までは、ゆかさんの霊圧は気にならない程度だったけどよ、ここ数日妙に大小グラついてるんで、心配したんだ」
霊圧が気にならない程度と言われ若干癇に障ったが、全く以ってその通りだと思い、相槌を打って黙って聞いていた。
「それで? 何かあったのか?」
「家に、ユウレイが訪問しまくってまして、心身共に死にそうです」
「家の中にはいねぇんだな?」
「絶対に入れません。盛り塩して断固拒否してます」
高校生相手にまるで先生と話すように敬語になる。未知の世界での生存方法を聞いているため、敬意を払うのは当たり前と言ったところか。
「そうか、知り合いの霊媒体質専門店があるんだが、なんか貰うか?」
「え!」電話越しに思わず声を荒げた。携帯を握る手は、知らずのうちに力が入ってくる。
──いやいやいや、それはマズイ。平常心でいられない。
「そんなお店があるなんて凄いね。表立ってそんなお店だったら怪しくて遠慮しちゃうよ、ハハ」
「表向きは駄菓子屋だけどな。店長はまぁ、怪しいっちゃ怪しいか」
そう言う一護の説明に、ある存在が確信に至る。
──完全に浦原商店のことだ……。
脳裏に浮かんだ人物をなかったことにしたゆかは方便を重ねた。
「私は霊的な怖い所とか行けないので、……何か良いものがあったらお願いします。後から代金は支払いますから!」
しどろもどろに適当な言い訳を取り繕ってしまった。勇気の出ない性格に嫌気が差す。
「おう、まだ越してきたばっかだもんな。今日は夜だから明日の学校帰りに寄ってくるわ。夕方の四時頃に近くの公園でどうだ?」
「大丈夫です、是非お願いします黒崎くん」
「やめてくれよ、俺の方が歳下なのに」
とは言いつつもタメ口な一護に、自分は敬語を使わないではないか、と突っ込みたくなった。
こうして少しの世間話をしてから一護との電話を終えると、急に言いようのない虚無感に襲われた。
ユウレイが怖いから、だけではないのは自分でもわかる。普段はあまり連絡を取らない家族は、どうしているだろう、元気にしているだろうか。そもそも、こちらの世界で生きているかもわからない人々は、存在しているのだろうか。今はまだ確認するのが怖かった。きっと手元に持っているこの携帯に連絡先は入っているだろうが、その番号を押す勇気もない。
この虚無感は心の奥に封じ込み、とりあえず今は目前の事だけを考えるように毛布を頭までかぶって、目を閉じた。
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