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 ──『悠長なことを言っている場合ではない』

 そう二人の死神から告げられたのは、もう一週間ほど前になる。
 この言付けを預けたのは中央四十六室から総隊長、そして朽木副隊長へ、といったところか。自室にこもった喜助は背もたれに寄りかかり天井を見上げた。
 腕を組み直す。電子機器と書類が散乱する机上に脚を組み乗せるとキィ、と椅子が鳴った。

 ──彼女を入れて戦闘体制を組めってことっスか? 事情が変わったとでも……。

 こちらのことは尸魂界に常々報告している。向こうが彼女の力を有益としているのも知っている。だからこその、あの伝言のはずだ。早く彼女に戦闘を覚えさせ準備を進めろ、と。こちらでさえ彼女については不可解なことが多いというのに。一先ずそれは頭の片隅にでも置いておくしかない。

 結局は駒にしたいだけなのか何なのか、溜息が漏れる。彼女の力に見込みはあれど、戦力外に等しいと尸魂界に再三報告したにも拘らず、なにやら雲行きは宜しくないらしい。無理強いをさせる気なのであればいっその事、実に立派な記録を加えた報告書へと仕上げるのもある種の一手だ。

 にしても。お偉いさんたちの考えることは突拍子もない物ばかり。自身もかつての四十六室に振り回されて良い印象はない。しかし現在は新任が増え、風通しが良くなったと聞いていたが。あまり変わらないのか、と疑念も残る。
 そう上から言われたからには仕方がないので。
 まずは霊力の制御を、と夜一にお願いしたがその先はまだ考えてはいない。

 ──だだ、ボクはあんまり気乗りしないんスよねえ。

 もちろん霊力の制御は大事なのだが、戦闘に備えるとなるともう少し修行が必要だ。
 だがそこまでの気分にならない。いや、教えなければならないのはわかっているのだけれども。
 帽子を置き、ひたすら木目天井を眺めていると、廊下から響く足音が襖の前で止まった。

「喜助、儂じゃ。開けるぞ」

 いつもなら言わなくても入るのに、と訝しみながら「どうぞォ」と答える。
 引き戸が開けられると喜助は見上げた姿勢のまま視線だけをそちらへと移した。
 夜一は喜助の横へ寄り、雑書類の散乱しする机へもたれかかった。

「なんじゃ、考え事でもしておったか。机に脚など乗せおって、行儀の悪い」
「そーなんスよぉ。大事な大事な考え事っス」
「おーそうか、儂にも言えんかの? さては神野の事じゃな」

 企んだように口の端を吊り上げる。

「そうっスねぇ。彼女の事なんスけど」

 あっさりと認めた喜助に、夜一はふざけ半分ではないことを察した。

「どうした、何かあったのか」
「いやぁ、実は──」

 十三番隊所属の死神から言付けを受けたこと、戦闘体制を整えること、それに対する憶測。
 喜助は順を追って夜一に説明した。

「……そうじゃったか。神野に接触を図りにきたとは、尸魂界側も焦っておると見えるな。復興の最中じゃろうし、まあ無理もなかろう。神野には申し訳ないが始めるしかなさそうじゃな」

 名ばかりの霊王護神大戦からまだ日は浅く、甚大な被害が未だ残ったままだと聞いている。
 人手や防備が足りない尸魂界にとっては霊力のある人間はやはり有用なのだろう。
 本来であれば彼女に闘う意志を問うべきなところ、有無を言わさず戦闘訓練を始めるしかない。
 それほどに向こうは切羽詰まった状況なのか。

「ところで、夜一サン。ボクに何か用があったんじゃ?」
「おおそうじゃった。ちょうど神野の事でな。制御過程の報告に、と思うての」
「どうっスか? 慣れました? 彼女」
「気の迷いがなくなってからは呑み込みが早くなってのう。些か不器用ではあるが、霊珠核で制御しておる」
「それはそれは。さっすが夜一サンっスねえ」

 満更でもなさそうに「そうじゃろ」と煽てに乗った。

「これからのことじゃが、喜助やテッサイにも指導に入った方が良いと思うて。どうじゃ?」
「そっスねえ。あちらから急かされてるんで、ボクもお手伝いするしかないスね」

 夜一は安心した面持ちで「頼むぞ」と喜助の右肩に手を置いた。「はいはーい」と空返事をすると、夜一の置いた手に力が入ったのを感じた。

「いたた……痛いっス、肩が痛い! 何スかあ、夜一サン」
「あまり神野を苛めるでないぞ? 儂に泣きついてきた日には、」

 ミシ……と掴まれた肩が鳴る。

「痛い! 夜一サン力が強いっスよぉ。ボクそんな趣味ないっスから。大丈夫ですって」

 周りからはそんなに加虐的に見られているのかと、喜助は困ったように笑った。
 確かに悪ふざけはするが、女をしばき倒して泣かせるのは趣味ではない。
 それに彼女の涙は二度も見ている。一度目は目覚め時に流れた不本意なものとしても、二度目は辛い思いをさせて泣かせてしまった。もうあのような顔をさせてはならない。

「なんじゃ。神野は弱く脆い、と儂に忠告しておったからすでに苛めたのじゃとは思うとったが。その顔じゃと、聞くまでもなさそうじゃな」

 そう言って肩から褐色の掌を退けた。どこまでも見抜いている夜一に「勘弁してくださいよ」と乾いた笑いが零れる。勘弁してくれとだけ伝えれば、皆まで言わなくとも解るだろう。
 あまり詮索されるのは疲れる。

「すまんの。儂は神野がどうも可愛くてな、つい。女同士わかり合えることも多く重宝した存在じゃ。はっはっは」

 夜一は楽しそうに、そして高らかに笑った。

 ──この楽しんでるような笑い方は、気を付けるに越したことはないっスね……。


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