こうして屋上には喜助とゆかの二人だけが立っていた。辺りは朱色に染まって、綺麗な夕焼け雲が広がっていた。赤く染められた空、屋上一面を西日が照り返している。今まで暖房の効いた屋内にいたからか、冷んやりとした空気が気持ち良い。はあ、と吐く息は真白く本格的な冬の訪れを実感する。沈みかけた太陽を眺めていると、自分のちっぽけさを改めて認識した。

「きれいですね。夕陽、久しぶりに見ました」

 濃淡の深い赤紅色を見つめる。

「夕焼けになっていることは知りませんでしたが、本当に綺麗ですね」

 この場所でも不変な景色。うっとり見惚れてしまって、帰宅することを忘れてしまいそうだった。
 ああ、夕焼けということはいい時刻なのではと思い返し、喜助に問いかけた。

「ところで、屋上から帰るんですか?」

 喜助はこちらに笑んで一瞥すると、空へと視線を戻した。

「ちょっとゆかサンに見て頂きたいモノがありまして。……今の貴女なら、はっきりと視えるでしょう」

 なんだろう、と小首を傾げる。周りを見渡すも特に何もなさそうだけれど。

「もうすぐ来るっス。落ち着いて下さいね」

「え、なにが、」──と、声を上げた瞬間。
 遠く離れた前方で、半円の太陽を背に人影が二つ、視えた。その先の言葉を呑み込んで、彼らを凝視する。陽の逆光で顔や性別はわからない。それが本当に人なのかも。
 ただ理解できたのは、袴を模ったような暗い色の装束。そして腰には刀らしきものを携えて。

 ──あれは。直感した途端、どっどっ、と心音が頭まで鳴り響き緊張が収まらない。

「視えましたか? 彼らの姿が」
「……はい」

 姿を眼にするのは初めてで。驚きというより手に汗握る緊張感が勝った。
 そうか、きっと今までは視えていなかっただけなのかもしれない。

「おや、あんまり驚いているようには見えませんねぇ、意外っス」
「落ち着いて下さいって言ったのは、浦原さんですよ」

 彼らの姿は突如にして消え去り、視えなくなってしまった。
 これは自身の霊力が弱いだけなのか、よくわからなかった。

「視えなくなりました。どこかへ行ったんですか?」
「はい、パトロール中ってとこスかね」

 再び彼らが居た方角へ視線を移すと、強く射る西陽にあてられて眩しくなった。
 痛そうに双眸を細めるゆかに喜助は、反対側へ向きを変えた。夕陽を背に影が伸びる。

「彼らは『死神』と言いまして。アタシらは本来、死神なんス。元々は霊体ですから、以前まで霊力が小さかったゆかサンには視えていなかった。ですが、これからは嫌でも視えます」

 彼の口から本当の事が聞けた。やっと。やっと、この世界の住人として生きることを許されたような気がして、感極まりそうで。喜助の目をじっと見据えながらしっかりと自分の想いを口にする。

「そんな、嫌じゃないです。視えて、皆さんに視えていたモノを私も共有できて、なんて言うか。ここにいる存在理由を少しですが、見つけられた気がします」

 死神が視えて光栄です、なんて言ったら可笑しすぎる。でも彼らの世界に入り込めず悩んだり、落ち込んだり。正直、自分に出来ることはないかもしれないが、それでも。死神の一助になれたら。
 微力でもそんな気持ちが少しずつだが湧き上がる。これが護りたい、という心に近いのだろうか。

「私は皆さんの足手纏いにならないよう、精一杯尽くします。ですからまだ、お店でいろいろと教えていただいても……」

 そう畏ると、喜助はその先を遮るように声を被せた。

「大丈夫っスよ、まだ暫くゆかサンを保護下に置きますから」

 喜助は「変な心配は無用っス」と笑ってみせた。受容の言葉に胸を撫で下ろす。以前は早く浦原商店を出なければ、そう思っていたが今は真逆だ。居られるならもう少し居て、自分の力について教えてもらいたい。

「ゆかサン。そういうことっスから、今後もよろしくっス」
「こちらこそ。よろしくお願いします、浦原さん」

 喜助と同じように目を細めると、心の中の隔たりが溶けたように身軽になった。死神について話せたお陰で喜助や一護へ勝手に感じていた妙な距離感を縮められたような、そんな温かさだった。

「あと今日のお洋服、先にお渡ししますね。帰ってから渡しては夜一サンがうるさそうっスから」
「あはは、そうですね。夜一さん、きっと茶化してきますよ。お洋服、有り難く頂戴します」

 紙袋を喜助から手渡され、ゆかは両手でしっかりと受け取った。
 この洋服を着るのが楽しみだ。昂る喜びを感じると、自ずと頬が緩むのがわかった。
 受け取った紙袋をまじまじと眺めていた、ちょうどその時。

 ──自分たちの影とは別にもう二つ、人影が視界に入った。背後に人の気配を感じる。


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