ようやく買い揃え店から通路に出ると、二人掛けのベンチが目に入った。
 喜助がそこへ荷物を置き、「どうぞ」と誘導する。軽く腰掛けると、彼もゆかの左隣に座った。

「これでひと通り揃いましたねぇ。あとはこれからのゆかサンに必要なモノだけですよん」
「これからの私に必要なもの? なんですか、それ」

 必要なものとは一体。眉間に皺が浮かんでいく。
 それを受けた喜助は「アレっスよアレ」と明るく言った。

「戦闘に重要なアレっス!」
「……私、いつの間にか戦闘することになってません?」

 覚悟はいつかできたらとは伝えたが、話が飛躍していないだろうか。
 こちらの質問に触れることもなく話を進めようとする。真っ直ぐに前方を見据えて熱弁し始めた。

「このような普段着では思ったように動くことはできませんよね」
「ですから、なぜか戦うことになってません?」
「そう……貴女に必要なもの。それは、戦闘着っス!」
「あのぉー、浦原さーん」

 喜助はそこまで言うと、やっとこちらに視線を向けて微笑んだ。

「戦闘着は言い過ぎでしたが、要は運動着のようなモノがあればいいっスね」
「ジャージはありますよ、ジャージ」

 あるものは買う必要ないのでそれを連呼した。にしても戦闘着はそんなに重要なのだろうか。戦闘着と聞くとどうも、夜一や砕蜂の肩が出た死覇装が頭に浮かぶ。

 ──いや、待て待て。喜助さんの言う戦闘着≠ヘ絶対に危険……。

 記憶の奥底から紙面上で見た織姫の変態衣装を思い出した──あれはない、断固ない、着られない。そもそも織姫ほどのたわわな代物はないから変な心配は杞憂なのかもしれないが。しかし彼のこの熱弁さ、心配せずにはいられない。

「ジャージじゃ何かと勝手が悪いので、アタシが作って差し上げますよん」
「それは大丈夫です。どういったものが良いか言っていただけたら買ってきますから」
「まぁ任せてください。実際まだ戦闘ではないですし、可愛らしく作れます」

 ふと、外で言われた『遠慮しないで下さい』が頭を過る。これは遠慮ではないのだが、そう思われても。相手を傷つけてしまうのだろうか。うう、と返答に迷ったあと、言葉を絞り出した。

「いや、ほんとに、あの。……変に露出してたり、極度に穴が空いてるとかがなければ。あとフリルとかも。可愛らしい飾りも不要で。なんていうか、フツーの運動服でいいです」

 織姫みたいに顔も性格も可憐ではないし、スタイルが良い訳でもない。特に何かに秀でている訳でもなく、至って普通の見てくれだし、と考えながら説明していると複雑な心境になってくる。諦観気味に要望を伝えると、喜助はこちらを見てクク、と喉を鳴らした。ゆかが「至って真面目なんですよ?」と言うと、喜助の笑い声は収まった。

「いやぁ貴女は不意を突いてきますねぇ。どなたかから妙なこと吹き込まれました? ま、ゆかサンにそれをしたら本当に嫌われちゃうんで安心して下さい」

 心当たりがあったようだが、喜助に安心してと言われると慌てた心も穏やかになる。

「……嫌いになることはないと思いますけど。ただ、あまり過度なものより適度なものでいいので。あ、結局お願いしてる形になってますね……」

 ゆかは、はは、と己の図々しさに呆れ笑って左隣を見上げる。毎度、お世話になりっぱなしだ。

「ぜーんぜんいいんスよぉ。仰せのとおりに作らせて頂きますんで。なるべく使い勝手のいいようにしますから」
「あっありがとうございます、楽しみにしてますね」

 霊力の制御をするにあたっては心の準備をしないと。半端な今のままでは駄目だ。
 この平和呆けした頭も心も。出来ることなら入れ替えたい。

「でも運動着を作るってことは、もうすぐ何か始めるんでしょうか?」

 気になって問えば、そっスね、と喜助は続けた。

「アタシではないですが、指導は夜一サンがしてくれます。その前にでもお話しましょ。今後のことやアタシらのことも」
「はっはい!」
「そんな気張らなくていいっスよ。気楽にいきましょ、ね?」

 その優しさに笑顔で肯いた。そして喜助は荷物を持って「そろそろ行きますかね」とベンチから立ち上がる。ゆかも喜助に倣うようにすぐさま立ち上がった。

「あの、浦原さんはなにか買い物はないんですか?」

 まさか本当にこれだけのために来たのだろうか。これだけでいいのかと心配になり声をかけた。

「アタシはいいんス。今日はゆかサンのために来たんですから。さ、戻りましょう?」

 物を貰ってばかりで素直に喜助の肯定を受け取って良いものかと困惑したものの、「わかりました」と踵を返した。ところが喜助は建物の屋上方面へ足を進めていく。戻るのは一階ではなく屋上で。頭にはてなを浮かべた。この建物の屋上には駐車場もなく、外へ続く扉には鍵がかかっている。喜助の様子を窺うと、どうやら彼はカチャカチャと内鍵を触っているように見えた

「え。扉、開けていいんですか?」

 聞かずにはいられなかった。脳内に器物損害、不法侵入の物騒な文字が過る。

「大丈夫っス! すぐ戻せますから」

 なにそれ怖い。けれど天才の考えることには理由があるのだろう。彼に任せて口を噤んでいる間に屋上へ出てしまった。パタン、と扉が閉じられて喜助がそこに何かを施す。例の如く鍵を締め直したらしい。

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