上司との会話で気が緩むと、どこまでの境で空座町になっているのかなど色々と調べたかった。
 地図を見ても、いまいちピンとこない。実際に出歩くしかないと思うが、誰かさんに追跡されたらキツいなあとさっきの黒猫が頭に浮かぶ。いやでもあれが本物と決まったわけじゃないし、と身支度を進めた。ついでにまだだった朝御飯を軽く済ませ、外へ向かう。
 地図と景色を交互に見やると、自分のマンションから半径二、三キロは以前いた所と同じ街並みで、駅が近くなってくると見覚えのない場所に出た。その境目を出た瞬間、少し身体が重くなって立ちくらみがした。
 なぜだろう、足取りも重く感じる。──そう思った矢先、後ろから声をかけられた。

「オイ、そこのお姉さん」

 周囲には他に人がおらず、男性の声に自分のことかと自覚する。
 ナンパか? と訝しみつつ振り返ると、オレンジ色した髪の男が視界に飛び込んだ。
 同時にそれは、記憶障害なんかじゃなかったんだ、そう確信した瞬間でもあった。
 ──ここはあの世界、間違いなく。

「あ……」答えをくれた本物の登場に言葉を失う。その姿から目が離せない。本当にオレンジ色だ。この制服を着ているところから、今は高校生あたりなのだろうか。
 
「なんだよ、俺の顔見て。それより、お姉さん大丈夫か? 背中、重くねぇか?」

 本物をじっと見すぎて聞かれた事へ正直に反応してしまう。

「え、なっなんでそんなことわかるの?」
「いや、その視え­てるんで、それ」

 おい降りろよ、と背中よりも上に手をやる明るい髪の男。その指の先を見て驚愕した。

「ひぃッ──!」

 突拍子もない叫びに、彼は驚くことなくあっけらかんとしている。

「なんだよ、霊媒体質じゃねぇのか? 視えてるのに」

 その一言に涙を浮かべ反論する。

「み、視えてるって言わないで下さいよ……。ユウレイなんて初めて視たし、霊媒体質なんかじゃないし……」

 最初こそ威勢があったものの途中で初対面ということを思い出し、その勢いも萎んでいく。

「悪ぃ悪ぃ、視える奴って怖がらないのが普通だと思ってたから。……この眼鏡のサラリーマンは知り合いのユウレイか?」

 ひょい、と降ろしたスーツ姿のユウレイには鎖が付いていた。どうやらこの電柱の地縛霊らしい。

「そんな訳ないでしょう。ここに越してきたばかりだし」
「んじゃ、たまたま霊感のある人に乗っかったんだな。引っ越してきたんなら尚更、注意しろよお姉さん。ここは重霊地らしいからな」
「じゅ、重霊地……。霊が多いってこと、だよね?」
「まぁな。そういうことだからよ、何かあったら連絡くれ、俺は黒崎一護」

 このまま一般人としてやり過ごすはずが、主人公に遭遇してユウレイから助けてもらい、お知り合いにまでなってしまうとは。これが主人公の持つ力なのか、今後の展開に不安を覚える。

「神野ゆか、です。何かあったら助けて下さい」

 伏し目がちに不本意なお願いをした。そもそも自分には霊感なんてゼロで、ホラー映画も隠れて見る程度は好きだったのに。

「ハハッ、努力する気ねぇな。いいぜ、ヨロシクゆかさん」
「本当に、本当に、よろしくお願いします」

 今にも泣きそうな顔で懇願したあと、連絡先を教えてもらった。更には何かあってからじゃ遅いからクロサキ医院まで来てもいいとも言われた。流石は死神さんで、護る者が増えたところで大サービスしてくれている。──助かります、そう心で手を合わせた。物語で彼を知っていたからこそ自ら連絡先を聞いたものの、本来であればそんなことは絶対に出来ない。
 しかしこの世界では魂魄を喰らう虚がいる。虚は霊力の高い魂魄を好む。
 それに霊が視えるとわかった時点で、少なからず自分自身には多少の霊力があるのだろう。それを思い出したゆかは死神である彼に助けを乞うていた。完全に身を護るためだが、何も出来ないからと図々しいのも承知で救いを求めた。
 こんなヘタれた大人に、笑って快諾する一護はただただ優しかった。
 一護を見送り、ぺこり。御礼を向ける。その横を黒い影が過ぎ去った。
 あ、黒猫。綺麗な毛並みの猫は彼の後を追いかけて行く。

「うわ、」絶対にあの人だと確信した。

 尻尾を立てた黒猫がこちらに笑みを浮かべていたのだ。

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