「いいんじゃないっスか」
「これ、ですか?」
これまで黙っていた喜助が口を挟むなんて珍しい。
女性店員にも「ご試着でもいかがですか」と勧められ、断れずその流れに身を任せた。
「どう……ですかね?」
なんだか気恥ずかしくなりつつ、試着室から出てみる。視線は俯いたまま上げられない。試着室の傍にいる喜助の言葉を待った。すると店員が間髪入れずに近づいてから言い放った。
「とってもお似合いですよ! お連れ様とお揃いのようで」
あまりの勢いにギョッと店員に顔を向ける。直近くにいた喜助にも目配せして助けを求めた。
しかし彼は面白可笑しそうに口許を緩ませている。
「よく似合ってるっスよ」
「でもこれ着たら、お揃いになっちゃいます……」
ちょうど店員さんが言ったように、と躊躇する。
「だから勧めたんス。これなら、一人で出歩いてもアタシを思い出せますよん」
店員のお勧めに赤面していたのを知っていてか、喜助は平気で畳み掛ける。しかも満面の笑みで。軽い口調で言う彼に、このお調子者め、とじろりとした視線を送って差し上げた。
「せっかく一人でいるのに、思い出させたいんですか」
「ヒドイ、思い出したくないんスか?」
「いや、論点ずれてきてますって。このコートを着たいか着たくないかが大事なんです」
少しくらい意地悪を言っても良いのではと溜息が漏れた。
──独りで出歩いたら思い出さないかって?
常に御守りを持っているのに、その上コートを纏ったら忘れる方が難しい。もちろん、そんなことは口が裂けても言えないけれど、お調子者にはこのくらい毒づいたっていいだろう。
──……でも、このコート。正直なところ、可愛いんだよね。
可憐な白いダッフルコートなんて持ってないし。悩みながらコート姿を鏡で映す。くるりと回って更にじっと考えた。お揃いが嫌な訳じゃないけど、他者の目は気にしてしまう気質だ
。
「ゆかサン、ゆかサン」
ちょいちょい、と手招きをする喜助。口角を吊り上げながらいつもの調子で寄ってくる。
人が決め兼ねているのにまだ悩ませる気かと唇を結んでいると、喜助は耳打ちして言った。
「今、思っていたこと。当ててみましょうか」
それに、何ですか、と聞こうにも喜助はにやにやと笑み続ける。
ところが。その答えを自分に言うのかと思いきや、背後にいる店員に向けかって告げた。
「──これを、彼女に」
ゆかの着ているコートを指差して、「お願いしますねん」と楽しそうに伝えていた。
──ええっ、えーっ!?
声にならない驚き。口から出なかったのが幸いだった。目をぱちくりとさせて呆気にとられる。
女性店員が「はい、ありがとうございまーす!」と語尾を上げ気味に承ると、在庫確認しますね、と店奥に小走りで駆けていった。和かに店員を見送った喜助はこちらへ向き直す。
「どっスか? 当たってました? 顔に欲しいって書いてあったもんスから」
「そんなに顔に出てました!?」
「出てましたってことは、思ってたってことっスねぇ?」
「……い、否めませんけど」
「ゆかサンそういうところ、素直じゃないですから。これでお揃いっス」
お揃い……誰かに揶揄われるのは覚悟の上で着るしかない。二人で着るのはなるべく避けなければ、と低確率の希望を胸にしまった。コートを大きな袋に包んでもらってからお店を出ていく。袋にはリボン飾りが付いており、可愛くラッピングされていた。
「浦原さん、あの、本当にありがとうございます。こんな素敵なものを、」
店を出てすぐに声をかける。ところが喜助はまだ他店でも見ようと先陣を切って歩いた。
「アタシがそうしたいだけですから。まさかこれだけじゃないっスよね? 遠慮するならアタシが選んじゃいますよ」
「いえ、これで十分ですって! この間、必要な荷物も家から持ってきましたし」
「ほう。そんなにアタシに選んで欲しいんスね? 困ったなあ。あっちの店にはセクシーなものも、ゴスロリなものもありますが?」
この男は本当に選び兼ねない、そう思ったゆかは慌てて、
「わっわかりましたよ。じゃあ、少しだけお願いします」と喜助に言い寄った。
虚に切られてしまったものと似たような服を上下、しっかりと選んでから喜助に渡す。男に買わせている感が強いのは、喜助の飄々とした口調のせいだろうか。女物を男性に買ってもらうこの状況に、周りの視線を気にしつつも静かに会計を待った。
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