一心と喜助が別室へ移ってから、三十分は経過しただろうか。
 何か重要な、真剣な話でもしているのか。隣にいる一護と他愛ない会話はしているけれど、やはり落ち着かない。内緒にされていると気になってしまう。

「おっせーな、親父達。ちょっと見てくるわ」

 待たされるのがあまり好きではないようで、一護は苛立ちを露わにしながら廊下へ出て行った。

 ──見てくるって、まだお取り込み中なんじゃ……。

 ゆかが「黒崎くん、」と呼び止めるも、そのまま一護は行ってしまった。少しして、廊下から騒がしい男性陣の声が聞こえてきた。迎えに行ったおかげでようやく二人が出てきたのだろう。

「浦原、中々いいじゃないか。早く前を歩け」
「ったく、やっと終わったのかよ」

 ゆかはソファに座ったまま振り返り、廊下を覗こうとする。
 なんだなんだ、と声の方へと視線を向けた。

「押さないで下さいっスよ。動きづらいんスからこれ」
「文句あんなら、脱げ。そして俺によこせ」

 黒崎親子に押されて前に出てきた喜助と、パチ、と目が合った。

 ──!? これは、一体……?

 ソファから身を乗り出すと、呆然とその姿に釘付けになっていた。

「浦原さん……!?」

 彼を呼んだ瞬間に、顔に熱が上がっていく。その恰好は、黒崎家に来るまでに纏っていた緑色の羽織りと作務衣姿ではなく。今は至って普通の、現世の洋服を着こなしている。上は細めの白いダッフルコートに中は淡いグレーのセーター。下は暗い色のデニム生地だろうか、遠目ではわからないが細身のボトムスを穿いていた。白い上着とふわりと動く金色の髪はどことなく昔の隊長姿を彷彿とさせる。正直、目眩がするかと思うくらいの衝撃で、目のやり場に困ってしまった。

「あまりこういった物は着慣れないんスけど、」

 一心サンに教えて頂きました、と彼には珍しく照れ臭そうに下を向いた。

「何照れてんだよ、今日は出掛けるんだろ? あんな甚平と下駄で一緒に歩かされるゆかちゃんが可哀想だから、手伝ってやったんだぞ」

 一心がニカッと大きく笑ってこちらに視線を送る。
 彼もどこか照れ臭そうにしていたが、その表情は柔らかかった。

「似合ってるぜ、浦原さん。たまにはいいんじゃねーの?」
「男に言われたって嬉しくないの! ゆかちゃんが言わなきゃ意味ないの!」

 急に話を振られて、飛び交ってた話に慌てて首を縦に振り。うんうん、と一護へ同意するように参加する。目のやり場には困ったが、ゆかは正直に喜助の顔を見て思った事を伝えようと決めた。性格上、恥ずかしい気持ちは拭えない。でも伝えたかった。

「浦原さん、素敵です。今日のお召し物、お似合いです、とても」

 普通に言えただろうか。誉め言葉に心臓がばくばくと鳴り響いている。冷静を装いすぎて、普段は言わない『お召し物』だなんて口走ってしまった。相手はマダムか、と余裕の無い自分を殴りたくなる。けれど喜助は視線を合わせてくれた。帽子も無いので目元の表情がわかりやすい。

「帽子が欲しくなったらフードもありますしね」

 緊張を隠して、ふふ、と冗談めかすと喜助も笑って、今日は被りませんよ、と御礼を口にした。

「そう言ってもらえて嬉しいっス」

 喜助さんも真面目に嬉しいなんて言うんだ、なんて罰当たりなことを考えてしまったがこれは内緒にしておこう。気分が落ち着いてきたところで思い出した。黒崎親子の二人は事情を知っていたようだったなと。喜助の隣に立つ一護に、それとなく問いかける。

「えっと。黒崎家での用事ってもしかして、これ? 二人とも知ってた、とか?」
「ああ。出掛けるっていうから、親父に話してみたらこうなったってわけだ」

 そう言って一護は一心に話を振った。どうやら二人はグルだったらしい。恐らく自分を驚かせようとして黙っていたのだろう。きっと喜助はこれを伝えるのが面倒だったとか、そんなところか。

「浦原が尋常じゃないくらい不器用だから、笑っちまったよ」
「一心サン、要らないことは言わなくていいっス」
「おっと、すまんすまん」

 喜助さん不器用なんだ意外、と秘めながら二人の会話に聞き入る。さっきも動きづらいって言ってたし、着心地悪いんだろうなとは思う。
 一心と喜助がああでもないと言い合っている時に、一護がこちらへ近づいた

「良かったな、ゆかさん」
「え、何で?」
「表情が元に戻ったからよ、落ち着かなかったんだろ?」

 一護は鋭い。図星すぎて言葉を失う。苦し紛れに、
「う、仰るとおりです」ボソっと言うと聞き逃さなかったようで、一護はゆかに優しく目を細めた。
「今日を機に、もう少し浦原さんを頼れよ」

 頼っているつもりだけれど。一護はまだ自分が喜助に遠慮していると感じたのだろうと推察した。

「うん、ありがとう黒崎くん。元気でた」
「そりゃなにより」

 二人で大人しく話をしていると、眉間に皺を寄せ一心が間に入ってきた。

「お前がゆかちゃんを独占してどーすんだよ。俺も混ぜろ」
「親父は引っ込んでろ! ……いや、もう時間だから俺達は捌けるぞ」

 一護は嫌だと叫ぶ一心の首根っこを掴み、ずるずると引きずって出て行こうとする。廊下に出る手前で、喜助が黒崎親子に軽く会話を交わし、一心は大人しく連れていかれた。このまま遠ざかってしまう前に、ゆかは急いで立ち上がった。

「黒崎くん、一心さん、ありがとう! お邪魔しました!」

 届くように声を張ると、廊下の奥から「へいへーい」と気だるそうな返事と「また来て! すぐに来てね!」という一心の叫びが響いた。何気ない返事が嬉しくて。心がじんと温かくなっていく。自然と笑みが溢れてきた。喜助に視線を戻すと、綺麗な顔がはっきりと見えて、どきりと胸が高鳴りって。さらには現世服の喜助に見慣れず、あちらこちらに目が泳いでしまう。
 そんな緊張に満ちた空気を溶かすように、喜助が口を開いた。

「ゆかサン。アタシ達も行きましょうか」
「はいっ!」

 少し前までは心に靄がかかっていたのに、今はその真逆。今日はいつもに増して感情の起伏が激しい。子供みたいに出掛けるのが嬉しくてこんな日はいつ振りだろう。頬が緩みっぱなしで、隠しきれないくらいの喜びが顔に出ていたと思う。きっと貴重な喜助の洋服姿が拝めたからに違いない。

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