四者面談のような話し合いから数日が経過した。
 霊力を制御する、とは言われたものの向こうからは何もお呼びがかからない。もうすっかり怪我も良くなって、虚による悪夢も薬のお陰で見なくなった。さて自分は、いつまでここに居ればいいのだろうか。今はと言えば、お店の手伝いと家事手伝いしている。だから通いながら浦原商店に来ようと思えば来られる状況なのだけれど──。

 そんなことを考えながら、今はお世話になっている部屋や屋内の隅々を大掃除している。
 この間までは秋から冬へ変わる頃だったのに、季節はすっかり冬。十二月も中旬となり、冷え込みが増していく。十二月中旬となれば、近づくのは年末の大掃除。今からでも少しずつ始めて、順調に終わらせたい。


「ふー、水拭き完了! 少し休憩ー」

 引き戸の磨り硝子や縁側の網戸など、窓や扉をひたすらに拭いていた。「あー冷たい冷たい」と手揉みをして縁側の戸を閉じると、廊下の奥からいつもの帽子を被った喜助が近づいてきた。

「お掃除、ありがとうございます。程々にしていいっスからね」

 寒そうに手揉みをする様子を見兼ねてか、あまり無理をしないようにと声をかけた。

「はーい。住まわせてもらってるので、これくらいは」

 そう言って廊下に置いていたバケツと雑巾を持って片付けを始めた。タイミングが悪く何かと虚弱な自分を見ていたせいか、喜助はすぐに大丈夫かと声をかけてくる気がする。

 ──前にも寒さを我慢して意識がなくなったっけ……。

 あの時はいつ襲われるかも知れない悪夢に怯えて、眠気を我慢することしか出来なかった。
 現在は彼が作ってくれたお薬で安眠できているけれど、あの時の出来事は今でもよくわからない。
徐々に意識が朦朧としてきた所で思考が止まる。しかし居なかったはずの喜助の顔がぼんやりと浮かんでは消え、浮かんでは、消えて──。ただその顔は、眉間に皺を寄せ、とても切なそうで、苦しそうで。そんな表情は見た覚えがなく。

 ──やっぱり、よく思い出せないや。

 きっとあのまま意識を失って寝ちゃったんだな、そう思うことにした。見たこともない喜助の表情も、おそらく夢に出てきた妄想だと。だとしたらなんて酷い妄想癖だろうと我ながら呆れる。よりによって辛そうな様相で出現させてしまったのだから。
 やめやめ。すっきりしない考えを放棄し、後片付けを終えた。バケツを引っさげ、さて戻ろうと腰を伸ばすと、喜助がバケツと掃除道具を持ってくれた。

「置いてきますよ」
「あ。ありがとうございます、浦原さん」
「いーえいーえ」と軽く返事をしたと思えば、そのまま直立して前から動かない。
「どうしたんですか?」

 角度が悪く、帽子奥の瞳はよく見えない。つばの影で視線が合っているかも。
 きょとん、と小首を傾げて見上げるゆかに、喜助はゆっくりと口を開いた。

「あー、ゆかサン。この後ってあいてます?」
「私は家事手伝いくらいしかしていませんから、あいていますけど」
「じゃ、アタシと買い出しをお手伝い頂けますか?」
「もちろん。でも買い出しなら、私一人でも行けますよ?」

 そう返すと、少し間が空いた気がした。こちらはいつも暇だけど、商店の店主で対死神技術担当となれば常に忙しいことくらいはわかる。

「そんな寂しいこと言わずに、一緒に買い出ししましょ」

 返事が戻ってきたと思えば、喜助はそんな事を言ってきた。
 逆に気を使わせてしまったようで申し訳なかった。

「そういう意味ではなかったんです。浦原さんのお仕事とか邪魔してないかなって」

 考えていたことはしっかり言っておかないと誤解を生じさせてしまう。
 無論、一緒に行きたくない訳ではない。

「今日は午後から閉店する予定だったんスよ。だからお気遣いなくっス」
「そうだったんですか、ではすぐに支度してきますね」

 本当は語尾に感嘆符を付けたいくらい舞い上がったところだが、ちょっとした外出が嬉しいと思われても恥ずかしいので、出来る限り落ち着かせて告げた。

「アタシも支度したら店の前にいますから」

 喜助の声もどこか嬉しそうな、それでいて落ち着いた口調だった。相変わらず帽子奥の様子も窺えなかったけれど、いつもこんな感じか、と心に留めておくことにした。久しぶりの外出だ。浮かれながら荷物へ手をかける。必要な物はこの間まとめて持ってきたものの、あまり私服がないため毎度同じような服装になってしまう。まあ、喜助さんもいつも同じ緑色の羽織りと下駄帽子だろうし、とそこら辺は段々と疎くなっていた。

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