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 和室を出た夜一は喜助の後を追って彼の自室、開発部屋へ向かう。奥の部屋に入ると、喜助が立ったまま背を向けていた。思い悩むような後ろ姿。昔馴染みを呼んだ割に喜助は無言を貫く。

「どうせ仕事なんてないんじゃろ。彼方で言えんことでもあったか」先ほどの妙な退出を意図し、「こんな辛気臭い部屋にわざわざ連れてきおって」と苦言を呈した。

「お察しのとおりっス、夜一サン。さっきの件、実はゆかサンの霊力を危惧してまして。使い道によっては、ですが」

 ようやく沈黙を破った喜助は夜一の隣へ向かい、険しい表情を見せた。

「それは儂も同意見じゃ。神野はただの人間に過ぎぬが、井上や茶渡のように易々と上達するとも思えぬ。最大時を発揮すれば幾分良いが、それほど普段の霊圧は緩いと儂は見とる」

 夜一は喜助と向き合うように対面し、腕を組む。

「はい、そっスね」

 同じ料簡を得てから、喜助は続けた。

「まぁ使い道は追って考えるにしても。そもそもゆかサンは力を好まないと思うんス。彼女は簡単に命を諦める傾向がある。だから霊力が強力でも、正しく行使できない」

 床を見つめた喜助は、悩ましそうに自身の考えを伝えた。対する夜一は、今の話をかつての喜助と重ねがら聞いていた。今のそれは部下を思いやる隊長のような口調だ、と。

「ほう。命を諦めるとは儂には想像つかぬ。神野の性格については儂よりも理解しとるようじゃ」

 喜助は、そうか、と言葉を詰まらせた。夜一はゆかの様子を見ていない。

 ──彼女の、苦しそうに諦観するさまを。悪夢だが、あれは彼女を助けた出来事の再体験。
 ──実際に起きた一番最初の襲撃でさえも、彼女は諦めかけていた。彼女の眼には希望の光がなかった。いくら忠告をしても、悪夢の中で同じ状態になるのは予想がつく。投薬後の今ではもう悪夢に対する心配はいらないが、それでも不穏は残る。

「理解、というよりそんな気がするだけっスよ。彼女のことは何もわかりません。ただ、気丈に振る舞ってはいますが、中身は脆く弱い。とても戦闘に向いているとは、」

 それを聞いた夜一は、喜助の落とした視線の先を黙って見つめていた。
 直前までは隊長時代の影を重ねていたが、百余年前のそれとは正反対に示され、顔を顰めた。
 死神と人間、戦士と戦いを知らない者。──部下にはなれぬ、と夜一もつられて顔を背けた。

「取扱いが難しいとしても、長く訓練して戦闘を覚えさせる気はないのか」

 夜一は少し置いた後、喜助の眼を見た。

「全てはゆかサン次第です。が、ボクは教えられません。ですから稽古をつけるのであれば夜一サンに」

 冷たく響いた。一護との修業とは事情が異なる上、喜助の刀は人を強くするような物ではない。
 それに喜助自身、ゆかに戦闘を教える心構えがなかった。もう隊を率いる者でないのだから、隊士も必要ない。特別な理由で戦闘体勢を組む必要性がない限り、稽古をつける意志はない。

「戦う気もない者に、教える事などなかろう。今はまだ霊力の制御だけかの」

 夜一もまた冷酷ともとれる声色で喜助に告ぐ。戦士と人間の線引きをしているような響きだった。
 だが喜助は、霊力制御だけでも引き受けてくれるという夜一の承諾を聞いて小さく安堵した。

「良かったっス。制御の方だけでもお願いしますね」

 昔馴染みに頼まれては断るものも断れぬ、とそんな表情で夜一は溜息混じりに問う。

「喜助、一つ聞いても良いか」

 夜一は組んでいた両腕を解き、喜助の目を見据えた。

「仮にじゃ。神野が戦いたいと言うたとして、お主はそれを許すか?」

 彼女にはさっきの部屋で選択肢を与えた。具体的に提案はしていないが、やんわりと。
 あの様子を見たら戦いを好まないのは一目瞭然だった。
 戦士には当然向かない。ただ、本人の心持ちが変わったとしたら話は変わる。
 ──自分自身に稽古をつける意志があるかは別として。

「何言ってるんスか、本人にその意志と覚悟があるならお手伝いしましょ」

 彼女がそうしたいなら当然っス、と喜助は泰然自若に回答を紡いだ。
 夜一は追尾するように、見据えた先を喜助から逸らさない。

「そうか、たとえお主が求めなくてもか」

 帽子奥の双眸が揺らめく。近くに立て掛けていた杖を手に取った喜助は、視線をそれに落とした。

「質問の意図が、よくわかりませんが」

 その声色は落ち着き払っているものの、どこか辛辣に響く。

「言葉のとおりじゃが?」

 笑みを浮かべることなく、夜一は淡々と質問を返上した。
 喜助は旧くからの友に対して、冷静さを欠くような態度をとってしまったことに気づいた。

「危惧はしていますが、あの力は有用だと見ています。もし加勢になるなら有益でしょう。ですから、ボクが彼女の力を求めないことはないってことっス」

 そう戯けて直前のらしくない態度を隠すように答えた。

「ふっ、まぁいいじゃろう。じきにわかる」夜一はようやく追尾を逃し、口端を上げる。
「……何がっスか」

 自己防衛するかのように扇子を広げた喜助は、夜一の意味深な微笑みから遠のいた。

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