喜助が閉じられた扇子をコト、と卓に置くと再び口を開いた。

「狙われた理由についてですが、幾つかあると思います。一つはゆかサンから一定の霊力が出てしまうこと。それは時に大きく、ばらつきがあります。ご自分で自覚は無いかもしれませんが。あと他はまだ仮説段階なんで追々」

 一瞬の沈黙がこの場を包む。ゆかはそれに臆することなく無言を破った。

「ほんとですか。一定の霊力って。時に大きいって全くわからないんですが」

 霊力などユウレイが視えた時以外に感じたことがない。故に一定ですらある訳がない。
 時に大きいだなんて論外だろうと。一護に言われた霊圧の揺れもあの時だけだと理解していたし、現にあれ以来、取り乱す状況下に陥ったこともないはずだ。
 その確信の下で喜助に大袈裟な、とあしらい半分で返答した。が、皆が自分を見ている。

 ──間違えた……?

 何やら不穏な空気が漂う。再び訪れた沈黙に、今度は一護が切り出した。

「だってよ。どうするよ、夜一さん」
「そろそろ自覚して制御する必要がありそうじゃの……」

 夜一は呆れ返り、一護は驚きの表情を浮かべている。

「アタシが普段から冗談めかしてるから、大事な所がウソだと思われちゃいましたよ!」
「胸張って言うことじゃねーよ!」

 喜助はこちらの反応を予想していたかのように笑った。

「……す、すみません。頑張って理解しますので……」

 三人の言葉を受け、明らかに自分に落ち度があることを悟った。
 だがわからないものはわからないのだから仕方がない。

「ひと昔前の黒崎サンみたいなもんっス! 霊力なんてデカくってダダ漏れでしたもんねぇ」

 喜助は扇子を手に取ると大きく仰いで、和かに過去を懐かしむ。

「酷い言われようだな、俺……。まぁその通りなんだけどよ」

 一護は喜助の突っ込みに項垂れるも、ああそうだ、と首肯していた。

「そうじゃ、喜助。神野も体術なり身につけても良い頃合いじゃろ」
「そっスねぇ。やりますか? ま、ゆかサン次第っスけど」

 扇子で口元を隠しながら視線だけをこちらに覗かせた。その眼は帽子の影で暗く、笑っていないようにも見えた。

「え、やるって何を? まさか、」思わず息を呑んだ。

 ──喜助さんと十日間……ってやつ? む、無理ー!!

 瞬時に喜助と一護のあの修行を思い出した。怖くて痛い思いだけはご勘弁願いたい。
 しかもあんな追い込みに脅しをかけるような訓練に自ら志願するほど出来た人間ではない。

「大丈夫っスよぉ、悪いようにはしませんって」
「信用ならないです。それに私、力を使うなんて、」

 伏し目がちに訴える。自分は背景くらいでいい。一般人はそこらの雑草のように過ごせたら十分。
 それは当初と変わらない。なにせ初っ端から一護にユウレイでさえも頼むとお願いしたほどの低い目的意識だ。……ということは、ずっと護られて過ごすということ。虚に対しては迷惑をかけてしまう。今後も面倒をかけ続けるのは、正直辛い。自分の理想とすべき現実の狭間で悩んだ。やはり霊力があるが故に周りを巻き込んでいるのであれば、最低でも制御はするべきなのだろう。けれど自分の護るものは何だと頭によぎった。みんなはしっかり信念を持っているのに力を扱う目的が見当たらなかった。黙り込む様子を見兼ねた一護が、さり気なく口を挟んだ。

「ま、出会った時からその気なかったもんな。俺はそういうスタンスも割り切ってて好きだぜ」

 そう言ってゆかの肩を持つと、喜助は扇子を外してその表情を晒した。

「へえー。仲良かったんスねぇ、お二人」

 意外だという顔で、まじまじと一護と自分の顔を交互に見やる。変に絡みたがる胡散臭い人物像が出来上がって、深い溜息が吐かれた。

「べ、別に、声かけたのがたまたま俺だったってだけで」
「そういえば、儂もその場に居ったのう」
「あ、猫さんいた。思い出した」
「アタシだけ仲間外れっスか? 寂しいなあ」

 一連のやり取りに、ふふ、と零すと、場の空気が柔らかくなった気がした。

「ま、力を使う事に関しては無理にとは言いません。ですが、永遠にダダ漏れでは困りますので。制御だけでもしましょ」

 体を向きなおした喜助の提案に小さく「はい」と首肯く。
 続けて「今後、どうしたいかは考えておきます」と検討の意を伝え、他の二人にも頭を下げた。
 霊力制御への同意を得たところで、喜助がおもむろに腰を上げる。

「仕事があるんで、アタシはここで席外しますね。…… あ、夜一サンも、ちょっと」
 そう夜一に声をかけると、「またつまらん実験か」とぶつくさ吐きながらその後を追う。

「お主らはここに居ても良いぞ。積もる話もあろう。ゆっくりしてゆけ」

 一護は最近あったこと、学校での出来事などいろいろな話を始めた。和室からは和気藹々と声が漏れる。それは久しく会っていなかった時間を埋めるように響いていた。

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