今までは夜一と喜助にしか主な関わりを持たなかった。そこに一護がいるだけで普段よりも張り詰めた雰囲気になる。更にはこんな強者の中に居る自分。明らかな場違いを感じた。
「これで全員揃った訳じゃが。何かあるんじゃろ?」
「俺は事情をよくわかってねぇから、それも聞きに来たんだ」
「そっスねぇ、話せる所まではお話しましょう。恐らくゆかサンが初めて聞く話もあると思います。ゆっくり掘り下げましょ」
一体何を話すのか、と不安でいっぱいになる気持ちを深呼吸で整える。実は引越していないことも告げられてしまうのか。正直、怖い。この憂えを隠すように、静かに唾を飲み込んだ。
「……は、はい」
正座のまま、両手を腿の上でぐっと握りしめた。顔を上げて視線は下げないように、何を聞いても平常心に。いつかの就職面接を思い出すほどの緊張感だ。
そんな様子に気づいたのか、喜助は他の二人に悟られぬよう円卓下でそっとゆかの手を覆った。
小さい左拳を覆う喜助の大きな右手。驚きの行動に最初こそどきりとしたが、徐々に緊張感が安堵に変わっていくのがわかった。握っていた拳が解かれて空気を含むと、喜助の右手はそこを静かに離れていった。手が離れていく時、喜助はちらと視線を送り、小さく微笑んだ。まるで、大丈夫と言ってくれているように。
「さっそくですが。虚の対抗薬が完成したので昨日ゆかサンに投薬をしました。効果は順調っス」
事情を知らない一護には襲った虚の能力と、その一部が頭部に侵入していることを夜一が説明していた。
「そんなことになってたんだな」と一護が相槌を打つ。
「昨日? 投薬? 私、覚えてないんですけど……」
初っ端から初めて聞く話で驚いた。
しかも自身に投薬したというのに当の本人が知らないとは、何処ぞの闇医者かと耳を疑った。
「ああ。昨晩、貴女は悪夢に侵されました。敵サンが優勢だったので、寝ている貴女に投薬したんス。スミマセン、事後報告で」
ゆかは「なるほど」と言うと、小さく頭を下げて投薬で救ってくれたことへ礼をした。
瞬時に闇医者だと思ったことを心の中で詫びる。
──だからあんなに爆睡してたのか。
ここ数日は寝たようで寝ていない日々が続き、頭が溶けそうな毎日を送っていた。目の下の隈が気持ち悪い程に浮き上がっていたのも覚えている。
それが急に。何十時間も熟睡してしまったのだ。
今朝起きた時に疑問視するべきだったが、それよりも昨晩の情けない涙を何事も無かったように繕うことに必死で、全然頭が回らなかった。
「ただ、この効果は悪夢を発生させないだけに過ぎない……つまり、その根源を破壊できていない。最も、一部を残していった虚は虚圏へ戻っていきましたから、本体を壊さないと消滅しないってことっス」
それには眉を曇らせた。自分はまだまだ迷惑をかけ続けるらしい。そう思うと心苦しくなった。
自分の中に虚がいることよりも、皆を振り回していることに心が痛んだ。
「厄介な虚に狙われたもんだな、ゆかさんも」
「本当にね、なんでだろ」
困り気味に、ははは、と笑ってしまう。それがぎこちないのは自覚していた。深刻な表情をするよりかはいいだろうと思ったのだが、間違えただろうか。怒涛のような非日常が続くと、どういう反応が正解なのかさえわからない。
「狙われた理由じゃが、恐らくあの一帯で起きた、」
「あ。夜一サン、その件ですがまだ未確定なことがあるんで、また改めてってことでいいスか?」
「ん? そうか、お主がそう言うなら」
関心を引く話題に意識を戻された。夜一の言う『あの一帯で起きた』って何だ。家の近くで起きたということなのだろうか。一体、何の話をしているのか。凄く気になる一言にも拘らず、喜助は口を濁している。
その会話を追うように夜一と喜助を交互に見た。
正面に座る一護も何のことかさっぱりと言う顔で、同じように二人を目で追っていた。
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