「はい、できたっスよん」

 テーブルには焼き鮭、お味噌汁、ご飯が並べられた。少し焦げ付いた鮭が若干の不慣れさを滲ませている。とはいえ朝からこんなお御馳走、実家でも中々お目にかかれない。

「うわあ、ほんとすごいです。美味しそう……!」
「いやー、そう言ってもらえると、照れるっスね」

 喜助は昨日と同じように右隣へと腰掛けた。

「案外料理も得意だったりして。浦原さん、手先が器用みたいですし」
「得意ではないっスけど、そう言われるとゆかサンの手料理も食べてみたくなります」

 急に想定外なことを言い出すから吃驚する。考えてみればこの状況が恋人とのそれのようで、どきりと心臓が高鳴った。喜助はにこやかに話を振ってくるが、こちらの反応を愉しんでいるようにしか見えない。これを揶揄いと言わずになんと言うのか。

「えっと、考えておきます。とりあえず、冷める前にいただきましょう?」

 胸のざわつきが悟られぬようにと喜助を急かした。

「それもそうっスね。でも、ちゃんと考えて下さいよ?」

 喜助の追撃を無視しながら「い、いただきます」とお味噌汁を一口啜った。

「ん、とっても美味しいんですが。浦原さん、謎に女子力が高いかもですね」
「ほとんど即席でしたが良かったっス。女子力とは、つまり可愛いってことっスか?」

 ──何故、そのように受け取るのでしょうか。

 その判断を委ねられ、誰か助けて、と胸中で状況打破を求めた。

「えーと、そういう意味ではなくて……。まあ、あとはその胡散臭さがなくなればですね」
「なくなれば? 何か良いってことっスか?」

 会話の流れで口走ってしまった。揚げ足をとるような喜助の質問は的確で思考を益々惑わせる。

「うーん、もっと好印象に繋がるとか?」
「ゆかサンからの好感度が上がるってことっスね! それは大事っス」
「いや、私じゃなくて」
「じゃあ誰っスか?」
「周りの誰かですよ! もう誰でもいいですから、食べましょう! ……ああ美味しい!」

 無心で箸を進めるも、恥ずかしさと空気の悪さに思わずリモコンに手を伸ばした。適当に番組を変えまくって気を逸らす。そんな態度に気づいたのか、喜助が嬉しそうに口を開く。

「あ。アタシこれでも、ちょっと影あるハンサムエロ店主で売ってましてね」

 彼は嬉しそうにニヤついている。こちらの表情を見ては、反応を楽しんでいるようだ。
 じっと喜助を見据えたゆかは、これ以上顔に出さないぞ、と表情を無にした。
 その自称は知っている上に、ひしひしと感じてますし、と唇を結び平常心を心がける。

「影あるっていうより、髭がありますが」
「成る程、ハンサムエロ店主の方は否定しないんスね?」

 うまく躱したつもりが、またもや言葉に詰まる。

「……それこそ自分で言う言葉じゃないっすよね」
「だからアタシの真似は似てないっス」
「似せてないって言ってるじゃないすか」

 喜助はふっと笑みを零した。

「いやぁ、遊び甲斐のある人ですねぇ」
「あ。完全に言っちゃってますね……、夜一さんに告げ口しますよ」
「そしたらアタシが怒られちゃうじゃないっスかぁ」
「浦原さんは少しくらい怒られても罰当たりじゃないですよ」
「そんなひどいっス」
「……お魚美味しい」

 二人で朝ご飯を頬張る。会話をしながらあっという間に食べ終わると、再び訪れた無言の空気が、昨日とは違って心地良く感じられた。今日はテレビを眺めても不思議と嫌な空気を感じない。
 男でも女でも、そんな関係が築ける人と出会えたら気楽だろうな、と昔はそんなことを考えていた。まさか彼がそういった空気の持ち主だったとは。人は見かけや先入観に囚われてはいけないんだな、と思った。普段はただの胡散臭い意地悪店主だが。

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