§


「喜助、交代じゃ。暫く休め」

 人の姿へ戻った夜一が、胡座をかいて座り込む喜助に声をかける。
 横たわるゆかに近寄ると、喜助に小さく白い物を投げ渡した。

「ほれ、道の傍に落ちておった。これでまだ安心じゃろ」

 ぽん、と投げられた白い物は先程まで二人で探していた御守りだった。

「ありがとうございます、夜一サン。ちょっと触ってから彼女に返しておきますね」

 帽子を被り、よいしょ、と立ち上がる。夜一は目も合わさず過ぎ去る喜助にそっと距離をとった。彼のらしくない行動を、夜一は無言で見送った。
 作業するため喜助は自室へ向かう。ぎし、と響く廊下。その足取りは心なしか重く感じられた。

 ──珍しく、疲れてるな。

 開発などの作業をする時には頻繁に徹夜をしていた。だが他人の看病と世話で徹夜というのは、あまり慣れるものではない。身体的な疲れもそうだが、心労も徐々に身体を蝕んでいく。性格上、精神衛生には全く問題ないが、罪悪感というのはなかなかに蝕む進行が早いようだ。
 ふらっと自室へ向かっている最中、「おーい!」と店の入り口から鼓膜に響いた。

「浦原さん! いるか!?」

 声で人物の想像はついたが、疲れもあってか喜助はゆっくりと振り返った。

「黒崎サンじゃないっスかぁ、どうしたんスか?」

 そんなに慌てて、と敢えて飄々とした態度で返す。疲労感は続いているが話ぐらいは聞いてやってもいいかと彼の処まで足を運んだ。

「今日は何をお求めで?」

 口許に扇子を広げいつもの会話を装うも、一護には効かないようだった。

「そんなんじゃなくてさ。居るんだろ? ゆかさん」
「ああ、そうっスねぇ」

 扇子を広げたまま、淡々と質問に答える。そんな喜助の様子に一護はばつが悪そうに俯いた。

「虚の気配を感じた時、こっちにいなくて……悪かったな。ゆかさんを助けてくれたんだろ?」

 彼が言いたい事はそれじゃあない、そう踏んでいた喜助は扇子を外して一護に表情を晒した。

「ええ、まあ」

 子供相手に普段よりも無愛想な返事をしてしまう。どうやら自分は思った以上に疲れているらしい。それを表に出すとは、なんと大人気なく意地が悪いか。

 ──助けてくれた、か。

 助けたと言えばそうだが、その言葉にはどうも小骨が引っかかる。実際あの状態の彼女を前にすると、とてもじゃないが助けたとは言えない。毅然とした態度を続ける喜助に、一護が口を開けた。

「あとさ、さっきの異様な霊圧って……なんなんだ」

 やっと本題に入ったか。訊かれると解っていたものの、自分が敢えてその話題に触れなかったせいか、彼の語気が強まっているのを感じた。怒っているというよりかは、何が起きているのか説明して欲しい、混乱している、そんな口調だ。素直に聞いてこないのは、こちらから事情を説明して欲しいからだろう。

「なにって、ゆかサンの霊圧ですが」

 帽子奥の目が据わっていくのを感じる。自分でも大人気ないことは重々理解しているが、タイミングが悪かった。さっきの今で疲れも溜まっている。おまけに虫の居所が悪い。それも全て自分に非があるのも承知だ。どうしようもなく大人げない。

「何か、したのか……?」

 一護は声を震わせながら、喜助を直視した。これは予想外の返答だ。
 まるで自分をどこかの現技術開発局長のように扱っているようで。もしくは以前、彼自身の死神の力を引き出すために行ったことを重ねているのか。あの時は虚の姿と共に凄まじい霊圧を放って、死神化した。それほど今回も不安定で異様な霊圧だったと彼は言いたいのだろう。

「心外っスねぇ。アタシは何も。むしろ、何もしなかったから、っスかね」
「はっ、なんだそれ、実験かなんかかよ」

 一護が憤っていき、その声音が喜助を刺激する。

「実験? ……人聞きが悪いな。聞きたい事はそれだけっスか」

 溜息混じりに返すと、一護はそれ以上問うことを諦めた。

「……悪ぃ。そういうつもりで言ったんじゃねぇんだ」

 違う、謝るのはこちらの方だ。自分でもわかっていた。気を遣われた挙句、先に謝られるとは。

「いえ、アタシの方こそ。すみません」

 これは本心だ。彼に会ってから大人気のない態度。
 彼女を助けたいという気持ちは同じなのに、何故か意地を張っていた。

「いや、いいんだ。俺にできることがあったら、言ってくれ」

 と若干の戸惑いを滲ませて。

「はい。また、改めてお話します。今はまだ彼女の容態が不安定なので。すみませんが、今日の所はお引き取り願えますか」

 喜助は視線を落とし、頭を下げた。一護はその言動に驚きつつも、察したようだった。

「ああ、ゆかさんを頼む」そう喜助に告げ、一護は踵を返して商店を出て行った。

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