しん、と静まり返った和室でゆかは布団を被って天井を見上げる。まだ陽は照っているようで、窓から日差しが差し込んでいる。ぽかぽかと外は暖かそうだ。いつもだったら散策をしていた休日。二人のお陰で気が楽になったものの、急にこんな事になってしまって。

 やっぱりまだ戸惑うことも多い。不明な部分は考えたらキリがないが今そんな事は忘れていたい。この世界での痛覚も人の温かさも感情も、全て現実だ。いい加減、慣れていくしかない。

「まさか、居候になるなんて……」

 避けていた人物の家に、こんな形で入り込むだなんて予想だにしていなかった。金曜の夜から今までのことを回想すると、なんて濃い数日間なのだろうと逃げるように布団を頭まで被り込んだ。彼らにとっては人助けをしただけに過ぎないのはわかっている。が、にしても彼との接触が多かった。別の意味で心臓がいくつあっても足りない。潜りこんだ布団が息苦しくなって、ひょこっと顔を出す。射し入る日差しも心地よいと、次第に眠たくなるのは仕方ない。だが、ゆかは気づいた。

 ──寝たら、襲われるんじゃ……?

 普段だったらこの欲求に身を任せるが、今この誰もいない場所で寝たら?
 夢の中で意識を保つなんて器用なことが出来るか?
 保てなかったら意識ごともっていかれる。それを理解した瞬間、鼓動が早くなり、動悸がした。

 ──どうしよう、テッサイさん呼んだ方がいいかな。

 考えれば考えるほど、最悪な状況ばかりが頭に浮かぶ。

 ──いや、まずは自分で出来る事をしよう。

 いつまでも頼ってばかりでは情けない。自分で出来ることはしていかないと。要は、目を覚ましているだけだ。それにこれは自身の内部で起きていること。眠らないだけなら自力で何とかできる。軋む体を起こし、戸を開けた。引き戸に寄りかかり、初めて部屋の外を出ていく。

 ──お風呂場はあっちだったよね。

 夜一が行っていた方向を思い出しながら、ふらふら歩いていく。ずっと横になっていたせいか、膝が馬鹿になったように震えている。目的の場所へ辿り着くと、勢いよく蛇口を捻り顔をばしゃばしゃと洗った。鏡を見ていつもより青白い顔が目に入る。髪を軽く触った。女として身だしなみくらいは整えておきたかった。今更そんな事をしても、無駄なんだろうけども。
 ふう、と息を整えた。さっきよりは気分がすっきりして目覚めた気がする。これで暫く眠気を感じず過ごせそうだ。けれど、どうしたものか。横になったら確実に寝てしまう。かと言って一人で寝られないなんて、子供じゃあるまいし。考えていても埒があかないので、取り敢えず濡らしたタオルを和室に持って戻った。

 そして今、窓を開けて仁王立ちしている。お前は阿呆かと聞かれたら、はいそうですと即答する自信がある。悩み抜いた結果、顔に冷たい風を当てるため窓を開けて立っていようと決めたのだ。冷たいタオルは、それでも眠たくなった時のために。本でも読めば集中できるはず、そう考えて鞄から仕事用の資料を取り出した。勉強は好まないが、こういう時に有効活用するのも大事である。

 ちょっと寒いけど、我慢すれば大丈夫。うっかり寝てしまって、得体の知れない悪夢に襲われるより幾分ましだと心に言い聞かせ、文を読み進めていった。
 段々と手足が冷えてくる。季節はもうすぐ冬。寒風摩擦お爺ちゃんでも長く風にあたっていない。
 この選択肢に自分へ突っ込みを入れたくなってきた。夜一さん達まだかなあ……、意識すればするほど、心細くなる。同時に、漠然とした不安が広がっていく。

 ──どうしてこんなことに。

 世界が変わっても、きっとどこかに家族がいるし、大丈夫。きっとやっていけるし、順応できる。
 職場ではそんな自信があったのに。虚に襲われ怪我をして、急に独りになったら、この有り様。情けなさに自嘲しながらも、以前の記憶を持ち合わせた自分は、この世界においては異端児なのだと現実を突きつけられた気がした。認めない、この異変を知られたくない。だが現世界での異物感が否めない。この存在が異端という事実は心の奥底で気づいていた。認めるのが怖かった。周りに知られるのが、今なおこんなにも恐ろしい。

「……みんな、元気かな」

 この世界にもいるのだろうか。読んでいた書物の字がぼやけて読めなくなってきた。ホームシックとかいう感情ならいいのに。自分の愛する人々が居るのか居ないのかもわからない、行き場のないやりきれない気持ちになった。


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