「あの、夜一さ」
「入るっスよー、終わりましたかー?」
夜一が戻ってきたと思い、間違えて声をかけてしまった。
「うう浦原さん! まだ終わってないですって」
予想外の人が入ってきて、吃ってしまう。
おまけにタオルを被せられたままの姿も相まって、恥ずかしさが倍増する。
「あ、そうだ。ゆかサン」
「……私、まだって言いましたよね?」
喜助はこちらの言葉を無視して話を続けている。
「何を、アタシには言わないで下さいっスか?」
彼の声が新しい玩具を見つけたように笑っている。
咄嗟にタオルを深く、顔が見えない位置へ被り直した。
「なっ。何でもないです、終わってないので出て行って下さいよ!!」
かあっ、と顔に熱が帯びてく。──どこから聞いてたんだ……。穴があったら入りたいとは正に今だ、と思う反面、大したことを聞かれていなくて良かったと息を吐いた。
「冗談スよぉ。そこしか聞こえなかったんで、安心して下さいな」
喜助はそう言うと、あははと軽く笑って出て行ってしまった。
──安心できない上に、何しに来たの……。
再び戸が開くと、そこには夜一が戻ってきていた。どこからかドライヤーを持って来たようだ。
この家にもドライヤーがあるのかと驚いていると、異変に気づい夜一が不思議そうにゆかを見た。
「神野、何かあったかの? さっき喜助とすれ違うたが」
「っ、夜一さん! 浦原さんが苛めてきます……! どこからか話が聞こえていたようで」
夜一は、高らかに笑いながら「そうかそうか」と楽しそうに話を聞いている。
「笑い事じゃないですよ、女同士の話は大事じゃないですか」
「そうじゃな、彼奴には盗み聞きは程々にしておくように言わんとな」
夜一はまだ笑っている。彼女のツボがわからない、と静かに夜一を訴えた。
「盗み聞きもそうですが、私に対する苛めもですよ」
そう言い終える前に夜一はゆかの髪をドライヤーで乾かし始めた。彼女も人の話を聞いてくれているのだろうか、と心配になる。温風で乾かされている間、なんてマイペースな人達に振り回されているのかと深い息が漏れた。最後に体も髪もすっきりしたところで、再び布団の上へ運ばれる。そろそろ自分で歩けるのにと思ったが、夜一は思いの外、過保護らしい。
「儂はこれから外へ出るからの。じゃが直に喜助が来る。それまでは隣の部屋にテッサイか誰かおるはずじゃ。遠慮せず呼んだら良い」
掛け布団を覆い被せると、夜一は立ち上がり去って行った。揺れるポニーテールを見送る。
「はーい、いってらっしゃい夜一さん」
夜一は手をひらひらと振り、戸の向こう側から「すぐ戻る」という一言が聞こえた。
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