どうか際限なく。この風景が、連綿と続けばいい。「夢じゃない」と諭された中で尖っていく現実。比例して増していく幸福。これをずっとだなんて儚い理想? いや、立場がどうであっても愛おしむ相手との永遠を望むのは当然の心理。なにも間違ってはいない。

 ──でも。いつかは私の方が、老いた姿になっていって。

 こんな風に考えてしまうのは良くないとわかっている。けれどやはり『この先』を浮かべると、どうしても。まだ見ぬ不安がたくさん訪れるのだろうかと未来に足がすくんで慄きそうになる。この猜疑心に蓋をしたらいっそのこと楽になれるのだろうが。有耶無耶にして隠せない。どうも自分は愚直なまでに、彼の前ではしゃんと背筋を伸ばして在りたいらしい。その直前、怯んだ心を打ち消してから信じていたいと思い直したばかりなのに、確かめたいという卑屈な慾が沸々と湧いた。

 ──そんなこと……どうしたって。

 不可避だ、避けられない。ずっと、とは曖昧で抽象的。自分が死して別つまで? 相手の死が訪れるまで? 涯ての輪郭が歪む。二人で空間を共にしていると、この憂いへと否が応でも回帰していった。傍にいたいと願えば願うほど募っていくもの。それに反比例して膨らむ、仕方のない異種の摂理。その行く末からは、目を背けられない。

「あ、まだどこか浮かない顔して」
「…………」
「あなたが人間だから、っスか?」

 喜助にはとっくに悟られていた。彼の歯に衣着せぬ問いかけに、目を逸らした。

「なんでも解っちゃうなら、改めて言わないでくださいよ」
「言いますよ、ボクはなんでもなんてわからないですし。特にあなたのことは至極難解っスもん」
「……そういうことを平然と言っちゃうところとか……それに昔だったら朝メシ前って言ってたのに……なんなんですかもう」
「今思ってることを言ったまでっスから」
「……はい」
「先ほどの言葉を返しますが。ゆかさんに思う所があるのなら、それをボクに聞かせてください」

 先ほどの言葉──。心任せに放った喜助に対する『胸の内を聞いていたい』という願望。
 あの時の心境を映し鏡で跳ね返されたみたいに痛く刺さった。彼の気持ちも自分と同じ所に在る。ならば、この残った憂いも伝えなければきっと不公平なのだろう。

「浦原さんのお察しのとおりです。私、」

 相容れない存在に不釣り合いを思い返しては、その異を主張した。

「……人間なんですよ? あなたは死神で」

 人間の老いはあまりに早く。こんなこと現実として許されるのかと反論の如く「本当にそれでもいいんですか」と語気を強めた。ところが彼は納得していたかのように「ああ」と声を落とした。

「そんなこと。もうずっと前に解決したじゃないですか。『貴女に慕われる死神も貴女と同じだけの幸せを、それ以上の幸せを感じる』って」

 これは昔の療養中、救護詰所で受けた助言。当時、理吉へ抱いた恋煩いだと勘違いされていたまま直さず、故の慰めなのだと思っていたのだけれど、それを目前の喜助が口にしている。つまりあれは彼自身の想いだったと、直に思い知らされた。

 ──貴方と同じ幸せをわかち合えたら、隔たりなんてなかった、って。

 笑える日が来るのかな。いつかの返しが蘇り、靄が晴れていく。喜助の一言で抱いていた最後のわだかまりが消えようとしている。ただそれ以上に、あなたを欲する意地汚い慾が溢れ出てきて、もっと訊きたくて。真反対なことばかり口走っていた。

「それに……人間は寿命が短くて、事故に遭うかもしれなくて。いつ死ぬかもわからない」
「そうしたら、あたしが魂葬して差し上げます」

 間髪入れず返された言葉に声を詰まらせていると、
「ただすぐに義骸に入ってもらいますが」そう彼は戯け笑って。
 今の自分はきっと、ああ言えばこう言う典型なのだろう。そんな面倒な女に成り下がっていることも解っていながら。口にせずにはいられなかった。

「……でも、もし。おばあちゃんまで生きちゃったら、しわくちゃになって、死後もとても見せられたもんじゃないですね」
「それは若返りの義骸があるので問題ないっスね」

 ついには訊き返すこともなくなって、途絶えた。
 長い間、どこか無意識に隔てていた壁が跡形もなく粉々に。彼の発露が決壊した堤のように流れ込んで、渇いた心を潤していく。自分はいつからかこの世界の異物ではなくなっていた。たとえ雑草ほどであっても、死神という存在の側で生きて、年老いて、死んで、その先も。添い遂げて良いのだ、と身を以て実感せられていた。

「……むしろボクは縁側で眠そうにする微笑ましいおばあちゃんを眺めていたいんスけどねぇ」

 全てを見透かしたようなそれは、とても彼らしく、それでいて思いがけないものだった。その迷いのない声色に目を丸くして。直後にくしゃりと顔を顰めてから背けた。

「あ、また逃げて。こっち向いてくださいって」
「……逃げてはない、です。そうやって、言われると……こう、あんまり慣れてないので」

 くぐもった声で向き直る。さっきまでの愚問の勢いはどこへやら。淡々と諭されて疑う必要もなくなった今、込み上げるのは隣にいられる悦びに愛おしさ。甘受すると途端に気恥ずかしくなり。遠慮がちに見交わした。困ったように笑う喜助は下瞼に触れる。

「違いますよ、そっぽ向いてひとりで泣かないでほしいんスよ」
「な、泣いてませんし、……ていうかもう泣きませんよ」

 いつまでも慣れない、特に嬉し涙なんて。けれど慕情が揺すぶられて弱々しく心が萎んでゆくのも、これから彼と共に歩む者として女々しい言い訳も、いい加減やめたい。そう思ってぐっと堪えていた。目の端に溜まる小さな粒。溢さぬように力む。

「……いいんですよ流して。但しボクの前でだけっス。あなたのことだ、きっと前の処では独りでそうしていたんでしょう。なのでそれだけは許されませんが」
「ええっと……あの、散々泣きっ面見せておいて言いますけど。本来は見せたくないんですよ?」
「そりゃまあ、こちらとしても故意に泣かせたくはないですがね。……ただ自分のためと思うとそれもまた悪くない、なーんて」
「……な、んですか、その矛盾……」

 幽かな涙声が自尊を削ぎ、羞恥心を上塗りしていく。いつからこんなに嬉し涙ばかり迫り上げてくるようになったのだろう。これまでやりきれなくて辛い苦悶のそれしか知らなかったはずなのに。あなたの前ではこんなにも脆く、その傍らで愛慕が肥大していく。

「泣き顔も含めて可愛らしいってことっスよ」
「ですから……これ以上もう辱しめないでくださいって、」

 あははと喜助は愉快げに、どちらかというと彼の方が可愛らしいのだけれど。そんなことを内に秘めていると、急にすっとその笑みは消えていった。

「ただ……どう告げて、あなたの憂いを晴らせられるのか。これも難解ですが」

 彼の落とした低音がぞく、と鼓膜を擽ぐる。

「ひとつだけ、明白であり確かなことなら解りますよ」

 受けた肯定の数々で憂い事は悉く潰された、と思っていた、けれど。喜助の口から紡がれる先々を訊きたいと求めるのは自然なことだった。優しさに溢れ、才智に富んだそれらに、いつまでも耳を傾けていたい。じっと噤んで彼の双眸を見つめ返した。

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