では早速、と喜助は一言置いてから紡ぐ。

「……あの時、涅サンから聞いた『霊子並行移動』について。まず、貴女が感じた地震……いえ、正確には『地震のように感じた振動』ですが、それがこの事象の始まりと言えます」
「ええっと、あれは地震ではなかったってことですか?」

 初っ端から覆されたことに、早くも困惑した。

「はい。あの夜の明け方、こちらの観測データに不穏な動きをした霊子反応がありました。その移動は余りに高次な数値を有し、本来では起こり得ない事象だった。当初はただのエラーかと思いましたが……可能性を絞るうちに、特殊能力を持ち合わせた虚によって引き起こされたものだと仮説を立てたんス。ここまではいいっスか?」

 如何にも学者らしい論立てで話す喜助に圧倒された。
 紙面上でも見かけた、彼にしか分かり得ない場面でよくあった光景だ。それを目の当たりにして、理解するしない以前に、ただ「はい、大丈夫です」と相槌を打つことしか出来ない。

「──続けます。まあ、その特殊能力の虚が、結果として貴女を襲った破面になるんですが。貴女も覚えていると思いますけど、あの破面は時空移動ができた。恐らく、あたしらが思っているよりも遥かに高次元での移動を可能としていた」

 くすりともしない口から聞き慣れない言葉が、ぽつぽつと放たれる。次第に、小難しい科学的な内容になってきて、相槌すら打てずにこちらの声は消えていった。

「……あの時の事象を、奴の『実験』と称するならば、貴女は『成功』したんスよ。正しくは、『貴女の魂魄が』っスけど」

 そこまで言うと、喜助は目深の帽子を少しだけ上にあげて、目を細めた。やっと彼の表情が見えて、緊張が若干和らぐ。……実験。だからあの時、あの破面は──。
『かつての同胞の研究と体液』には感謝している、と。あれは他の破面たちを踏み台にしていたからこその言葉だったのかと、今は亡き宿敵の姿を思い返した。奴の自分本位な実験によってこの奇異な境遇が引き起こされ、それが幸か不幸か『成功』してしまった。そして少しの間を置いてから、喜助の告げた全ての意味を理解すると、無意識に結論を紡いでいた。

「私の魂魄……ってことは、やっぱり私、体ごと移動した訳じゃなかったんですね」

 独り言のように零したそれを喜助が優しく拾う。

「ご理解のとおりっス。ただ不可解な部分が多いのも事実なんスけどね」

 彼の言う可笑しな部分。それは自分も解っていた。
 向こうでの十分な知識が幸いすると、今度は疑問点が尽きない。

「……因果の鎖。肉体に因果の鎖があったのなら、外への移動なんて……」
「よくわかったっスね。そこなんスよ、それに。……仮に鎖を消滅させて魂魄のみが移動したのなら、元の魂魄はどこへ、という疑問にも繋がります」

 それに、ああ、と納得して彼の説明に耳を傾けた。この魂魄が移動してこの体に入ったのなら、本来入っていたであろう元の魂魄は上書きされた、なんてことがあるのだろうか。

「勘違いされているかもしれませんが、元の魂魄は消滅していませんよ。融合もしていません。ですが高次を扱う破面によって元の魂魄に随伴する因果の鎖は取っ払われた、と考えるのが妥当でしょう」

 推測と噛み合わない内容に、「ええっと、難しくなってきました……」と口数が減っていった。

「簡単に言うと。こちらにいた本来の魂魄は因果の鎖から解き放たれ、虚化する事なく貴女のいる世界へと飛ばされた。そして、貴女の世界の魂魄が引っ張られてこちらの……本来交わることのない並行的な世界へと入ってきた。つまり『魂魄同士が入れ替わった』と考えています」

 最後に「実際見たわけじゃないんでこれも推測っスけどね」と付け加えた。

「入れ替わった、ですか……なんだか本来の自分に申し訳ないことをした気分ですね」

 いまいち実感が湧かないものの、やっと始まりの謎が解明されると同時に憂色を浮かべた。

「ほら、そうやってゆかサンは、ご自身のことよりも周りのことを気にかける。そう考えるだろうとは思っていましたが、もっとご自分のことを真っ先に考えていいんですよ」
「いや、そうは言っても。この体は本来私のものではないんですから、申し訳なくなりますって」

 割り切るなんて難しくて、苦笑しながら続ける。

「それにきっと、今も『彼女』はあっちで困っているはずです、だから」

 想像もつかない高次元からの接触を受けたとは言え、別世界線の自分と入れ替わっただけなら、性格もあまり変わらないはずだろう。『神野ゆか』という人間は並行的な別世界でも産まれ、存在し、魂魄が宿った。ただ、紡いだ歴史の世界線が異なっていただけに過ぎない。

 ──もう、残された選択肢なんて、ないじゃない。

 彼女の存在を蔑ろにしてはならない。こうなっては『戻らない』という選択肢など、余計に浮かばないではないか。たとえ消去法を使ったとしても、どうひっくり返しても一つしかない。

 ──覚悟は決めていた、はずだったのに。

 八方塞がりな事実を突きつけられて、自身の中で堪えていた何かがあっさりと崩れた気がした。まるでドッペルゲンガーの話を実在しているかのように平然と話すこの現状に、もう自分がどうしたいかなんてわからない。半ば自暴自棄になりかけた。

「浦原さん。全てを戻す方法はすでにあるのでしょう? 涅さんの装置もあったことですし」
「話が焦りすぎっスよ、その件に関しては一旦落ち着きましょう。……ただ仰るとおり、破面の霊体構成とその履歴を解析したお陰で魂魄移動を施す術はあります。ですが、まだ話は終わってないっス」

 そう宥める喜助は、これまでの会話から決別するように最後の話を切り出した。

「……どうして。アタシたちの事を知っていたんスか」

 ああ。もう全てを悟られていたんだ。落胆する反面、先に気づいてくれて良かった、と。
 安堵が混沌と入り混じりっては、腹の底でどんよりと渦巻いた。

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