まだ見ぬ好奇を疼かせるのは
「は? 夏梨と遊子だと?」
玄関のドアを開けっ放しにした一護は、突然の喜助の訪問に訊ねられた質問を繰り返した。
「そうなんスよ、妹サン達についてすこーしお聞きしたいことがありましてね?」
一護は喜助のふざけた態度やその質問内容に対して怪訝な顔をした。明らかな拒否反応であることは、一護自身が自覚していた。
「……あいつらは今いねぇよ。分かったら今日のところは」
帰れよ、と突き返す筈が、廊下奥からのしのしと響く足音がそれを遮った。
「よう浦原。めっずらしいな、家まで来て。……ってどうしたんだよ? 一護もお前、そんな不機嫌そうな顔して」
今日の診療を終えた父親の一心がタイミングよく廊下を通り、玄関まで顔を出す。その言葉に喜助は待ってましたと言わんばかりの表情で、玄関内へと入り込んだ。
「一心サン! 妹さん達のことでですね、聞きたいことがあったんスよぉ」
一護は額に手を当て「だからいねぇって……」と再び呆れ返る。
「──ダメだ、許さん。絶対にだ」
何の前触れもなく断りを入れる一心に、二人は「は?」と声を揃えた。喜助は疎か一護までもが『何言ってんだ』の眼を向ける。
「だーめー! 俺の可愛い娘達についてアレコレ聞くんだろ? 絶対にヤダ!」
続けて「ヤダもんね! 絶対会わせないもん!」と腕を組み仁王立ちを構えた。
「いや、もうウチ来て何度か商品使ってくれてますけどね……」
喜助も呆れながら夏梨のことを暗に仄めかす。
「それは夏梨が行くからしょうがなくだ! だが逆はダメだ! お前からの訪問では会えませーん。残念でしたー」
一護は父親の有様に項垂れながら、喜助に向かって一寸ばかりの優しさを見せた。
「まぁ、なんだ。じゃあ俺から聞いとくからよ。用件ってなんだよ」
予期しなかったのか、その返しに喜助は飄々とした態度を少し改めた。
「別に会わなくなっていいんスよ。黒崎サンご家族がご存知でしたら、と思って」
怪訝な面持ちをしていた一護は眉間に寄せていた皺を解く。
「んだよ、だったら最初からそう言えよな。で? 何が知りたいんだ?」
後頭部に手を当てた喜助はまたふざけたように口を開ける。
「いえね、年頃の娘サンはどこへ出歩くのが流行りなのかなぁと思いましてぇ」
一瞬にして沈黙が訪れる。
一心も一護も、今度はお前が何を言ってるんだ、と話の主旨に理解が追いつかなかった。
「本当にそんなことが知りてぇのか……?」
言葉の裏があるのでは、と勘繰った一護が問う。
「失礼っスねぇ、本当に思ってますよぉー!」
「だったら、雨ちゃんがいるだろうがよ。どこ行ってんだって聞きゃいいじゃねぇか」
おお確かに、と一護は久しく聞いていなかった父親の正論に深く首肯いた。
「雨だとまだ幼いんスよ色々と。そっスねぇ……夏梨サンあたりだったら流行りの場所とかご存知かなぁ、と思いまして」
一護は未だに質問の本質が理解できないようだった。
だが対する一心は、「ははーん」と口端を吊り上げる。
「つまりだ。年頃の夏梨がどこへ流行りもんを買いに行くかってことなんだな?」
自信を持って正解を導き出した一心は、誇らしげに喜助を見下ろした。一護も驚きながら「まじか」と零すと、何かを閃いたように続けて言った。
「あ、もしかして。……ゆかさんとって考えなんじゃねぇのか?」
喜助は幾重に重なる黒崎親子の質問に対して扇子を掲げると、大口をあけて答えた。
「さっすが黒崎サン大正解っス! やっぱり井上サンがいると侮れませんねぇ」
一護は急に出された織姫の名前に思わず「っるせぇ!」と声を荒げた。
「おいおい。誰だよそのゆかちゃんって。可憐な響きしかしねーぞ」
新しい女性の名前に一心が勢いよく食いつく。一護が順を追って説明していくと、事情を呑み込んだようだった。一連を話したのち、ゆかがまだ浦原商店に居候していることまでを告げると、一心はニヤニヤと汚い大人の微笑みを露呈させた。
「浦原も珍しいこと考えてんのな、意外だな」
それに喜助はぴくりと小さくこめかみを疼かせる。
「考える考えないはよしとして。アタシはどこへ行くか知ってるかって話をしに来たんスよ」
大人気なさそうに返す喜助に「悪ぃ悪ぃ」と軽く謝りながら、直ぐに夏梨が買物に出かけるところを考えだした。
「ショッピングモールも行けばデパートも行くか。あとは、どこだろうな?」
父親が息子に振る。小さな家族会議が開かれた。
「そうだな、あそこはどうだ? 規模は小さいが新しいアウトレットできたろ?」
「ああ! お前も流行りもん知ってんじゃねーか、このこのぉ」
「うっせ離れろ!」
一護は父親を蹴り飛ばしながら羞らいを隠した。
「……成る程。分かりました」
ぽつり、一言告げると喜助は顎に手を添えた。
「そのどこかに行けばゆかさんも買い物すんじゃねーか?」
一護の提案に「そっスね、ご教示ありがとっス」と珍しくも素直に礼を告げる。
「浦原さんから礼を言われるって明日槍でも降んじゃねーか、なぁ親父」
ケラケラと笑いながら父親に振ると、黙ってそれを聞いていた一心が唐突に切り出した。
「まさかとは思うが、浦原。お前……」
急に出される真剣味を帯びた声に二人は耳を傾けた。
「……その甚平に下駄。おまけに帽子まで普段どおりで行く気じゃねぇだろうな」
一護は父親に全面同意しつつ、喜助の全身を下から上まで改めて見る。
「そうっスけど?」
続けて「この服いっぱいあるんスから!」と自慢げに言い放った。一心は予想どおりだ、と深い溜息を零した。そして大きく息を吸いはっきりと告げる。
「いや駄目だろ」
喜助は「恰好なんてどうだっていいじゃないスかぁ」と逃げるように帰ろうとする。見兼ねた一護が首根っこを掴み、「まだ話終わってねぇよ」と引き留めた。
「俺がお前に合いそうなやつ探しといてやっから、決まったら日時教えやがれ。いいな?」
有無を言わせない一心のに、喜助は「はぁ」仕方なしと観念したようだった。
「まー、じゃそういうことで。……お邪魔しましたぁ」
こうして黒崎親子との会議を終わらせ、逃げるように家を後にし出て行った。残された父と息子は呆れながらも、楽しそうに何を着させるか話し始める。
「普通に『どこにデート行けばいいっスかね?』で終わるじゃねーか? 回りくどい聞き方しやがって浦原の野郎。娘のこと聞くっていうから焦ったじゃねーか」
「まぁ、ゆかさんの性格も考えて言い出しづらかったんだろうな。物静かっていうか、いつも緊張してるっていうか」
一心は真咲の大きな遺影写真を前に、懐かしむような遠い目をした。
「……ゆかちゃんってきっと可愛らしいんだろうな。浦原の野郎め」
「おい、女の話題出すともれなく全員可愛らしいって言ってんじゃねーかよ」
「しかしまぁ。天才にも分からないことがあんだな」
そう最後に呟いた一心に、「……それ本人の前で言ったらぜってー調子に乗るから言わねぇ方がいい」と一護が静かに返す。
こうして黒崎親子は喜助に合いそうな服装について互いの案を出してはリビングへと向かって行った。