お遣いは三文の徳


「あ、テッサイさん。こんな時間にお食事ですか?」

 時刻は夜九時あたりだった。
 皆との夕食を終え、二時間弱のんびり過ごしていたが喉が渇いたために台所へ来た。浦原商店での食事はテッサイが筆頭に用意してくれている。そこに雨が手伝ったり、自分も手伝ったりしていた。
 居候にも毎食客人の様に料理を振る舞ってくれて、とても有り難い。それが、もう夜更けも近づく時間帯に小腹が空いたのだろうか。流し台へ向いて、何か作業をしている。

「神野殿、これはこれは良いところに。実はこれから店長にお持ちするものでして」

 続けてテッサイは顔だけをこちらへ向けて「私のものではありませんよ」と言った。
「そうでしたか」首肯いて自分の湯呑みを手に取る。

 しかし良いところに≠ニは、まさか。まさかとは思うが、テッサイさんの代わりにという事では無いだろうな、とゆかは苦笑いを浮かべた。
 すると間を置くことなくテッサイが振り返り、お盆を手渡す。

「縁側に居る店長へ持って行ってくれますかな?」

 笑顔なく迫る顔が有無を言わせない。
「はい、もちろん」とぎこちない笑顔で返せば、「店長もさぞ喜びましょうぞ」躍った声色が戻って来た。喜ぶのは仕事が減ったテッサイさんでは、と思った事は胸にしまっておく。
 お盆に視線を落とすと、てっきりおつまみかと思っていたが、串団子などの甘味の和菓子だった。

 ──喜助さんも甘いもの食べたくなるのかな。って駄菓子屋やってるくらいだし嫌いではないのか。

 じっと和菓子を見つめながら、落とさぬようにと廊下を歩く。見ていると食べたくもなってくる。そんな衝動を抑え、縁側まで来てみれば、胡座をかいた喜助が月夜を眺めていた。
 帽子のない、月明かりに照らされる彼の横顔を見て、足を止める。

「珍しいっスねぇ、いつもはテッサイが持って来てくれるのに」
「そのテッサイさんから差し遣わされました」

 その言葉に喜助が「要はパシリっスね」と吹き出した。
 自分でも薄々感じていたが、直接言葉に出されると刺さるものがある。
「分かってますよ」膝を曲げて屈んだ。
 喜助の左隣にお盆を置けば、用は済んだので自分の湯呑みを片手に部屋へ戻ろうと膝を立たせた。

「アレ、もう行っちゃうんスか?」

 聞くだろうと予想した彼の言葉に、「テッサイさんの代わりですし。パシリは戻るまでがお仕事ですから?」そう返すと彼は湯呑みに手を伸ばした。

「いいんスか? 『お団子食べたい』って顔に書いてありますよ?」

 やはり彼の方が上手を行っていた。
 読心能力が全ての会話で喜助に勝とうとすること自体が間違いなのだ。それに思わず、「う、」と隠しきれていない表情がさらに露呈する。

 すると喜助はゆかが首肯するまでもなく、座っていた位置を右へと少しずれた。喜助が微笑んで「一緒にお月見しましょ」と声をかける。

「……喜んで」

 甘いものに釣られた気持ちに僅かに羞らいながら、腰を降ろした。真逆の承諾に喜助は「もっと喜んでいいんスよ」と串団子を一つ手渡す。

「……ありがとうございます。すみません、頂いちゃって」

 一人分の菓子を分け与えてもらって恐縮になりつつも、有り難く頂戴した。

「お月見は一人よりも二人の方が乙なもんス。あ、寒くないですか? 季節外れの月見っスから」

 近くに避けてあった膝掛けを渡してくれた。些細な気遣いが新鮮に映る。そういえば今はもう秋というより冬に近い。季節外れと言っていたが、彼は空や月を眺めるのが好きなのだろうか。何かと空を見上げている印象があった。

「膝掛け助かります、もう冬になりますからね。ところで浦原さん、よくこうやってお月見してるんですか?」

 串団子を一つ食べてお皿へ置く。
 湯呑みに口をつけ、渋いお茶で喉を潤した。

「そっスねぇ。満月の時には特に見上げたくなりますね」

 今日はどうだろうと見上げると、満月のような少し欠けているような。でも綺麗には変わりないからいいか、と茶を啜った。

「今日はちょっと欠けてますが、」喜助が言えば、ゆかは直前に思っていたことと重ねて「満月に劣らず綺麗ですね」と微笑んだ。

「浦原さんは、いつも空を見上げている印象があります」

 月を見上げながらぽつり。そして喜助はおもむろにこちらへ顔を向けた。

「そう言われたのは初めてです。いつも<Aタシのことを見てくれてるんスねぇ」

 ついうっかり言葉に出してしまった、焦燥に駆られた。その焦りを隠すように、お団子に手を伸ばす。

「この間、お店の前でも空見てましたよ。たまたま見たんです、たまたま偶然」

 確かにこちらに来てから、彼が空を見上げた瞬間を見たのは数少ない。正直なところ、いつも≠ニは前の世界で見ていた紙面上の姿だ。

 「お団子美味しいですねぇ」

 誤魔化すように喜助に同意を求めれば、喜助は「そっスねぇ、」と笑む。
 夜空を仰いだまま、薄く千切れた雲の先を覗くように。
 恐らくこの同意は、団子の美味に対してではなく、空を見てる事に対してなのだとふとゆかは悟った。

「……よく見上げてるかもしれないっス」

 喜助は串団子を一つ頬張った。

「ほらまた。見上げながら食べてますよ」

 さっき言ったばかりなのに、ゆかがクスクスと口許を緩ませる。「これはお月見っスから」と喜助は困ったように眉尻を垂らした。

「季節外れに欠けた月を見上げるのも、悪くないですね」

 隣の彼と同じように見上げて串団子をまた一つ頬張る。

「ゆかサンは、花より団子、でしょうかね」

 一瞥するとニヤリと口端を上げた厭な表情が。

「せっかくいい感じに月見していたのに、何ですか急に」
「いやぁ、だってアタシよりお団子食べてますもん」

 手に持った串団子と喜助のそれを見比べ、
「あ……」と落とした声にもう言い訳など出てこない。

「そういうところ、ゆかサンらしくていいと思いますよ」

 戯け笑った喜助はまた月夜を見つめた。
 今度は恥かしめるような言い方でも、揶揄っている訳でもなく。褒めてるんだかよく分からない、ゆかは訝しんだ。

「ありがとう、ございます……?」

 とりあえず礼を告げてみたものの、礼を言うところなのかも分からず。ゆかはこの曖昧な心境を茶で流し込んだ。ま、こんなパシリも案外悪くないか、溜息混じりに湯呑みから唇を離した。そう感じたのは美味しいお団子にありつけたから、そういうことにしておこう。

 まだほんのり熱を持った湯呑みを握り締め、ゆかは喜助と同じように雲がかった月を眺めた。



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