移ろいのカウントダウンまで
この浦原商店に強制的に住むこととなり、数日が過ぎた。喜助の掴めない人柄は重々承知しているためにゆかの警戒心は中々解けない。
「ところで、なんでそんな距離を取ってるんスか?」
廊下でばったりと鉢合わせし、声をかけられた。
まあ出くわした直後、数歩後ろへ下がったのだが。
「……距離があると感じてるってことは、普段から近いという自覚がおありですね」
すかさず予防線を張りに出た。彼の性格は、向こうで散々見てきている。故に反射神経が働いてこちらも警戒してしまう。
「そんなぁ、ゆかサンとの距離感を縮めようとしてるんスよ?」
本当にそう思っているのか、揶揄うタイミングを図っているのか。半信半疑なゆかは至って無表情に答える。
「いやいや。微塵も思ってないですよね」
言葉の攻防戦を止めないこちらに、喜助は溜息を零した。
「相変わらずアタシには手厳しいというか、辛辣といいますか」
う、いくら飄々と躱す性格とはいえ、流石に強く当たっているように受けただろうか。手厳しい、辛辣。自分が冷たい人間のように響く。ただ保身に走っていただけでそんなつもりではなかった。ゆかは素直に応対が出来ない己が少し嫌になった。
「いえ、手厳しくしてる訳じゃなくって、なんて言うか。人には時間と慣れが必要なだけで、」
視線を落とし受け答え方に逡巡する。えっと、と悩ましく告げると、喜助は「それならいいんです」と笑って返した。
なんで笑っているのだろうと顔を上げれば、彼は続けて口を開く。
「少しずつでいいです、待ってますから。アタシもゆかサンのこと、理解していきますし」
終わりに、「ね?」と同意を求められた。そのまなじりの垂らし方や柔らかな口調が、まるで隊長時代に見たそれのようで、相槌すら打てなかった。
「どうしたんスか? 固まって」
問われ「べ、別に固まってはないです」とまた真逆な事を発してしまう。そしておもむろに近寄った喜助は、ゆかの肩にぽん、と手を置いた。
「あと少しっス」
頭にはてなを浮かべて傾げると、彼は目を細めて満足げに口許を緩めながら店先へと歩いて行った。
──あと少し、なにが……?
間もなく起こりうる事はなんだと訝るも、その気配は音も無ければ姿無く。考えたところで彼にしか分かり得ないことへあれこれ巡らすのは疲れるだけだな、とすぐに放念した。