汪溢せる、心願を (HBD in 2023)


 十二月三十一日、世間では今年最後の大晦日。
 私にとっては大事で大切な、外せない日。けれど、どうして。今日に限ってうまくいかないのだろう。こんなこと今までなかったのに。

 ──さいあくだ……。

 外回りのある仕事も先日挨拶を終えて、仕事納めをしたはずだった。
 昨晩システムトラブルとの緊急連絡が入り、大晦日の今朝になぜか出勤、そして上司と共に会社に届いた至急問い合わせの対応を強いられて。私は今、解決するために職場のデスクに座っている。終わらない作業。世の中には暦でお休みの時に働いている方々がいるから世界が回っていることもわかっている。
 夕刻からのミーティング。時刻は業務日でも定時をとっくに過ぎている。冬の夜は早くて長い。窓の外は真っ暗だった。

 日中にはプレゼントを用意して今年もケーキを仕込む予定だった。
 みんなで夕飯時に「おめでとう」と祝う予定だった。
 家にあるケーキの材料は後日使うことでもう諦めようか。
 脳内で計画していたあれそれを遠くへ放棄しながら、パソコンに映る社内ウェブ会議をじっと睨みつけた。
 しばらく自社で待機、と呼ばれた私たちの元に、ようやく画面越しの一報が入った。

「……神野もこんな日に夜遅くまで悪い。上層に連絡がついた。なんとかこれで収めるらしい」

 そう発言したのは、別部署の先輩だった。彼もまた眉間に皺を寄せて、うんざり、と言った表情だった。それに、わかりました、と頷いた。

「それと先方さんたちにはシステム復旧を連絡済みだ」
「そ、そうですか、よかった」

 ほっと胸を撫で下ろした。一時はどうなるかと思ったが、帰れる。会える。お祝いできる。さっき放棄していたことを呼び戻すと、涙が滲むほど安堵した。
 夕飯はさっき上司が労ってくれたカップラーメン。すっかり冷めてしまったそれをズズズ、と食べて空腹を満たした。本来だったら浦原商店でみんなで過ごしているはずだったけれど、それはもう叶わない。

「これで俺たちも帰れるな。急に呼び出して本当に悪かった、帰省やら遠出してないのが部署内で神野だけだったんだ」

 上司が頭を下げた。
 こちらの世界にいる『神野ゆか』の実家へは未だ足が遠のいている。いつか向き合うべき両親には、自分の中の『はじめまして』ができていない。実家には電話や簡単な連絡で済ましている後ろめたさを秘めながら、「頭を上げてください。いいんですよ、私は元々予定なかったんで」と返した。
 目の前で申し訳ないと誠意を示す彼にはそう返すしかなくて、世界が変わってしまったあの日からお世話になっていたのだから尚のこと怒ることも断ることも、自分にはできなかった。

「じゃあ、帰りましょうか。このまま私と年越したくないでしょう」

 笑って告げると、それもそうだな、と向こうも笑っていた。

「そこは否定してくださいよ」と言えば、「神野だからこんな冗談が言えるんだよ、ありがとな」と部屋を後にした。
 
「こちらこそ、いつもありがとうございます」

 お辞儀をしてから、ビルを出る。

「では良いお年を、」

 ここ数年、大晦日に一番過ごしていた人は喜助さんだったな、でも今日は数年ぶりに違ったな。いつかこうやって大切な日を疎かにしてしまう日がくるのかな、それが今日だったのかな。
 気を抜いたら俯いてしまいそうになる気分を「はあ」と白い息に乗せた。そんなことをぼんやり考えていると、当たり前っていつかひょんなことでなくなるのかもしれないと毎年の日常が恋しくて無性に寂しくなった。

 ──帰ろ、喜助さんにおめでとうって言うんだ。







 ガラガラ、裏の商店入り口を開ける。もうへろへろだ。
 時刻はあと少しで年越し、と言ったところか。
 皆が集まる和室はすでに人もおらず真っ暗だった。寝静まっているのか、神社へ出かけたかはわからない。円卓の真ん中には一人分の食事にラップがされている。テッサイさんがとっておいてくれたのかもしれない。けれどそれに手をつけていいかもわからず、ゆかは一旦それらを冷蔵庫へ移すことにした。

 ──喜助さんもみんなと出かけたのかな、

 台所での片付けを終えると、ずいぶん前に喜助が酔っ払って絡んできたことを思い出した。あの頃まはまだ自分が別の場所から来たなんて口外できずにいた。そう、クリスマスだった。みんなをお祝いしたくて、もどかしくて、懐かしくて。身を寄せるべき実家にも自ら勝手に距離を置いていて、やっぱり自分は異端なのではと妙な寂寥感と疎外感に駆られた。

 ──仕事で仕方なかったのに、マイナスなこと考えちゃってだめだ。

 廊下へ出てから喜助の自室へ向かうもやはり暗かった。
 またあの感覚が襲ってくる。
 すると、カタン、どこか遠くの方で音がした。
 音の下方へ、廊下の奥へ向かうと、地下勉強部屋へ通じる蓋が外されていた。かつて自分が訓練していたところ、今ではあまり戦闘の練習をしなくなってしまったけれど、一人になってもいいようにまた鬼道や白打の練習しとこう。そんなことを薄ら思う傍ら、蓋が空いている事実でやっとある事に気づいた。

 ──……喜助さん、下にいる。

 たぶん、ぜったい。
 大晦日で自分の誕生日だと言うのに、頼まれごとかな。彼もまたなにかの作業中で、もしくはみんなには遠慮して一人で何かしたかったのかな。彼の行動を考えれば考えるほど、ゆかはその場所から足を遠ざけた。
 日中ほったらかしにして、夕飯までに商店へ向かう約束まで破り、「ただいま! 何してるんですか?」とこの時間に言える太い神経を持ち合わせていなかった。

 結局ゆかは地下への蓋を開けたまま喜助の自室へ戻り、お布団を二つ用意した。
 自分の寝支度を終えて、部屋を暖めてから彼が戻るまで待つことを決めた。疲労困憊で頭が回らない中、これしか浮かばなかった。

 ──プレゼントはわたしです、なんて口が裂けても言えないけれど。

 布団の上で壁にもたれる。が、待てども待てども彼が作業を終える気配はない。次第にうつらうつらと眠気に襲われてきた。
 ここで寝たら最悪だ。顔も合わせずに大晦日、兼誕生日を終えることになる。







 「ん、」

 あれ、いつの間にか布団で横になって肩まで毛布がかけられて。
 確かぎりぎりまで頑張って起きて壁にもたれていたはず。
 ゆかは半身を起こして辺りを見渡した。廊下から差し込む光、朝ぼらけの明るさから日を跨いだのだと認識するのに時間はかからなかった。

 ──え、年越して、喜助さんの誕生日も、会えずに寝落ちした……?

 完全にやらかした。顔面蒼白になりそうだった。
 ハッとして横を確認した。隣の布団は手つけずのまま、昨晩に敷いた状態で残っている。彼は戻ってきたのか、寝ていないのか、体は大丈夫なのか。自分と同じ布団で寝ていた? それすらもわからないまま、こんな状態にも拘らず爆睡をしていた自分を殴りたくなる。プレゼントはわたしどころではない。
 ああ、とグシャリと前髪を握りつぶすように頭を抱えていると、目の前の戸が引かれた。
 昨日からずっと会いたい、おめでとうと伝えたかった人がいた。いつもの垂れ目でゆるゆるとした笑みをこちらに向けて。
 
「あ、起きました? おはよっスゆかサン」

 横跳ねの寝癖を残したまま、ぼけぼけの頭で彼を見上げた。

「お、おはよう、ございま、す」

 あろうことか朝の挨拶を返す始末。すぐさまそれに続ける。

「あの、昨日はおめでとうございました……。すみません、お祝いができなくて、帰りも遅くなって、」

 本当は日中にケーキを作る予定だったことも、材料が家にあることも、今回は一緒にプレゼントを選ぼうかと考えていたことも、今となってはすべて言い訳になってしまうから。ただただ、すみません、と頭を下げることしかできずに用意していた計画は呑み込んだ。
 一日過ぎてしまったら彼の日ではないのだ。

「……帰ってきたらみなさん浦原さんが戻ってくるまで起きていようと思っていたんですが、だめでした……」

 申し訳ないです、と。疲労困憊にも勝てず溢れ出る謝罪が止まらない。

「ゆかさん、そんな、正月早々顔を上げてくださいよ。たかだか何百年あるうちの一回ですよ。……って言ってもあなたは気にするんでしょうね」

 冗談混じりに軽く笑い飛ばしてくれる喜助にはほっとする。一方で正直なところ内心どう思っているかなんて知り得ないけど、呆れていたり心細く感じたりしていなければいいと願った。彼はそんな感情とは無縁かもしれないけど、それでも。ゆっくりと体を上げてから最後にもう一度、告げる。

「いろいろ用事が入ってしまったけれど、お祝いしたかったです。毎年、変わらずに心からおめでとうって思っています。……でも今年は、なんにもなくて、贈り物もお渡しできなくて、ごめんなさい」

 謝意ばかりになってしまうけれど、思っていたことは伝えたい、そう学んだのは自分たちのこれまでの境遇からだ。いつどうなるかわからないのだから言えなくて言わずに過ごしたあの日々を繰り返してはいけない、この気持ちはずっと胸に置いている。

「なにを気にするのかと思えば。まあ、その気持ちはものすごーく嬉しいんスけど恋人だから家族だから、なにかしなきゃいけない、なんてことはないんですよ。世の中にはそういうことに重きを置かないヒトだっている」
「今さらですけど、浦原さんは、どういうタイプですか」
「そりゃーアタシはイベント事は大好きっスよん」
「う、そう言われると尚更、あの、」

 立場が悪くなって顔を背けると、すっと屈んだ喜助が自分と目線を合わせて言った。
 
「だからと言って貴女が大変だった時にまでそれを強いることはおかしいですし、してほしくない」

 ──してほしくない。
 彼の、そういう願望じみた言葉がめずらしくて、思わず瞬きを重ねた。

「わかりますか、ボクの言ってること」

 僅かに低くなった声音に、「……はい」と大人しく頷いた。
 喜助は大真面目に言っているんだと理解したら、叱られた子供のように「わかります」と続けるしかなかった。

「それに、お祝いできなかった、って貴女は言いますけど、今まで頂いたものも、ほら、こんなにありますよ」

 そう言って作務衣の内側から、革の手袋が出てきた。こげ茶の、初めて二人で過ごすことが許されたあの瞬間に贈ることが叶った思い出の品。
 続けて、「以前にはこれもいただきました」と昔のクリスマスにあげた白いマフラーを自分で巻き出して。あの頃はまだ居候で、誕生日もお祝いできなかったからみんなの分もケーキも買いに行ったっけ。
 作務衣の袖から取り出したらパシリと開いて「今はちょっと涼しいっスけど」と扇ぐ。ふわりと白檀香る下町の江戸扇子。長く使えますよ、と伝えてから年数は経っていないが使ってくれてとても嬉しかった。

「欲張りなチョコケーキだったり、時にはあたしの色に合わせてマスカットを選んでくれたり」

 ずっと前に過ごした日が鮮明に思い出される。雪が舞った日もあった。めでたい印としてそれを瑞雪と言うことも教えてもらった。

「それは、あの、……食い意地が張っているみたいで、ちょっと恥ずかしいですね」
「可愛らしいじゃないですか、美味しそうになんでも食べるゆかサン好きですよ」
「そういうことじゃなくて。可愛らしいとか、そういう年でもないですし、」
「アタシからしたらおばあちゃんになっても愛らしさは変わらないっスけどねぇ」
「わっわかりました、じゃあそういうことでいいので!」
「まあ、こちらから言わせてもらえれば、大晦日から元日までがんばったあなたへただ一緒にゆっくり過ごしてもらいたい。それだけです」

 ──ただ一緒にゆっくり過ごしてもらいたい。
 自分への想いと同時に一緒に≠ニいう彼のお願いも含まれていて、それは聞き入れるしかないじゃないかと、ずるい言い回しに一気に絆されてしまった。

「ありがとうございます、浦原さん。私も一緒に過ごしてゆっくりしたいです」

 告げると喜助は柔らかく眦を垂らした。
 この笑みが、いつまでも続けばいいと願わずにはいられなかった。過去百余年前に置いてきたであろうあの微笑みを。自分なんかが引き出せるなんて烏滸がましいことは思わないから、命ある限り少しでも永く永くお側にいられますように。

「昨日はお誕生日、本当におめでとうございました。ずっとずっと、これからもこれまでも……だいすきです」

 言下、ぎゅうっと抱きしめられた。骨が軋むくらい、薄着な寝巻きでは心音が伝わってしまいそうなほど。ぐりぐりと肩口に顔を埋める喜助が愛おしかった。はあ、と息を吐いたあと「……十分っスよ。こちらこそありがとうございます」と小さく呟いた。

「うらはらさん、ぐるしい、それにまだパジャマで」
「ボクのせいで苦しくなるのは不本意ですが嬉しい」

 それでもぎゅううっと強まっていく肩から背中に「ぎゃ」と可愛くない声が出た。

「あ、うらはらさん、あけまして、おめでとうございます」

 抱きつかれたまま告げると、喜助も肩口に顔を埋めたまま「はい、あけましておめでとうございます」と籠った声を返した。元日と言えば夜一の誕生日でもある。新年の挨拶もだが、彼女にも伝えたい。
 挨拶を終えると喜助が体から離れた。苦しいと言っておきながら離れる体温が寂しいと感じてしまうのは、惚れた弱みだと思う。

「ところでみんなはまだここにいますかね」
「皆サンは初詣に行かれましたよ」
「浦原さんは行かなくてよかったんですか」
「アタシも地下で少々やること残してたんで、一旦仮眠してから朝終えたところとこっス」
「あ、やっぱり寝たんですか」
「はい、ちゃっかりしっかり爆睡してた貴女の隣で」
「うわ。気づかなかった」
「でしょうね」

 二つ敷いてたのに。こちらの布団に入ってきたことも朝までいたことも気づかなかった。どれだけ疲れて爆睡だったのだろうと自分の無神経さに呆れた。

「んじゃ、あたしらも初詣に行きましょっか」
「はい!」

 先に玄関で待ってると言い残して行ってしまった。
 言いたいことは伝えたし不甲斐なかったけれど、ようやく昨日の時間を取り戻せる。ゆかはいそいそと着替えて支度を進めた。


 店先に出ると、夜には見えなかった正月飾りがたくさん目に入ってきて元日を実感してきた。一番近くの神社へ向かって住宅街を歩いていく。
 すると、前方から見慣れたお父さんが「おーい」とこちらへ手を振ってきた。

「よう、お二人さん。あけましておめでとう」
「一心さん! あけましておめでとうございます」

 ぺこりと新年の挨拶を交わす。ところが黒崎家は一心だけで、浦原商店の方へ向かってどうしたのだろうとゆかは小首を傾げた。一人で初詣なんてことはないだろう。

「どーも、明けましておめでとう御座います。ありゃ、今年も最初のご挨拶が一心サンで」
「嫌そうに言うんじゃねぇよ。おめー置いてかれたんだってな。商店の連中とさっきすれ違ってよ、不本意だが迎えにきてやったぜ。ゆかちゃんだけなら願ったり叶ったりだったんだがな」
「そう言う一心サンも娘サンたちに置いてかれたみたいっスけど、こっそり追いかけたらテッサイたちとすれ違った、てとこスかね」
「俺は置いてかれたんじゃないの、行かせてやったの!」

 二人が軽口を言い合っているのを見るのが好きだ。それを、ふふ、と眺めていたら悪趣味だって言われるのかもしれない。

「ゆかちゃん、昨晩までお仕事だったんだって? 年末年始までお疲れさま」

 聞いたよ、と。恐らく商店の誰かが伝えていたようだ。

「あっはい、出社できたのが帰省しない私だけだったみたいで。でもなんとか終わりました!」
「そりゃ何よりだ。せっかくの仲睦まじい時間を邪魔しちゃって悪いが、娘らと合流するまで一緒によろしく」

 一昨年だったか、一心が自分へ嬉しいことを言ってくれたのをよく憶えている。
 一緒にいて楽しいので間髪入れずに「もちろんです!」と返すと、喜助が「えー」と気怠そうに言った。本当はそう思ってないかもしれないし、実際にそう思っているかもしれないけれど。「えー」という割にはどこか愉快げな表情が、目深に被った帽子の下からチラリと見えているのだ。

「ふふ、浦原さんが嬉しそうで私も嬉しいです」
「え、どこが嬉しそうな顔してます?」
「おい嘘でも嬉しそうにしろよ」

 けたけたと笑いながら、自分の居場所を作ってくれる死神の大人たちがいて幸せ者だ。
 そして道なりを進み、遠くに大きくなった遊子と夏梨が見えてきた。瞬間、一心は全速力で突っ走っていった。高跳びアタックを決めようとする先にはすっかり大人びた一護の姿も見えた。温かくて朗らかで、家族っていいなとほっこりする。


「どうでしょうね、あたしらもそろそろ」
「なにが?」
「ご実家へご挨拶、とか」
「は」

 予想だにしなかったことを口にした。反射で素っ頓狂な声が上がってしまった。なんの脈絡もなく提案され、思考が停止する。

「気が乗りませんかね」
「いや、そういうわけでは、」

 驚いた。実感へ挨拶、だなんて。
 ただ一緒にいられたらいいって思っていただけのこの関係が、人生の一大イベントを通過するなんて考えもしなかった。元々この場所の人間ではない自分がそんな正規ルートを今更通っていいのかと。
 まさかそういう話になるとは思わなくて、変わらない歩幅でゆっくり歩き続ける喜助を一瞥した。冗談ではないようだと顔色から察した。
 確かに毎年帰省しない事実やこちらの『神野ゆか』のご両親には対面したことがないのも、ちょうど昨日思い返していたことだった。そんな行動や後ろめたさまでもすべて彼には筒抜けなのだろうか。
 そう考えた途端、さらに驚くばかりで。なんて続けようか声が詰まってしまった。

「貴女がこちらに来てからもう何年も経つのに一度も会ったことがない。実のご両親ではないから。違いますか」

 歩んでいた足を止めて見下ろされた。
 帽子下の眼光が少し鋭くなっていた気がした。
 明白な事実は、自分から誰にも言わずに秘めていたからか、見兼ねた彼が助け舟を出すことにしたのだと思った。そんなことまで面倒をかけてしまって情けないったらない。

「違わない、です」

 喜助はそれに返事せず、こちらからの言葉を待っていた。

「……それに、ただ単に実家への挨拶とか、無縁だろうなとも思っていたところがあったので」
「この世界の魂魄ではないから、ですか」

 やっぱり何もかも筒抜けで、あとは自分が今まで秘めていたことを吐露するだけになってしまった。これも彼の思惑通りなのだろう。浦原喜助という男はどこまでヒトの心を見透かしているのか、行動原理まで見極めているのか。有り難い時もあるし怖い時もある。今の自分は現実と向き合うのに勇気が出ないだけだと、重々わかっていた。わかっているのだけれど。
 渋々、コクンと頷いて肯定するしかなかった。

「じゃあ尚のこと、貴女は一度ご両親に会った方が安心するでしょうし、一人で赴くより二人の方が行きやすい。あたしが隣にいればなんとかなります」
「……なんとかって」

 そんな簡単に、とは思ったものの、本当に言葉通りなんとかしてしまいそうなほど、正直なところ信頼感は大きくなる一方だった。

「それに人間相手なら記換神機が使えるんで、いざとなったら記憶捏造も可能っスよ」
「それはやめてください」
「やだなあ、万一っスよ。まったく違うゆかサンの思い出とあちらの思い出が擦り合わない場合とか」
「ですが、こっちの両親にはもう一人の私との大事な思い出があるので、……私はそれを消したくはないです。こっちにはもういないけれど、大切にしてほしいって思います」
「まったく。優しさの塊ですね、そう言うとは思っていましたが」
「わかってるなら言わせないでくださいよ!」
「そういう真っ直ぐな言葉が聞きたいんスよ」
「わー悪趣味ー」

 ふいっと顔を背けると、もう辺りには見知った人はおらず。
 二人で真面目腐った顔で話し込んでいたからか、黒崎一家はすでに合流して帰っていったようだった。

「……ただ、本当に一緒に行ってくれるなら、心強いです」

 喜助を見上げて勇気を告げる。
 直後にゆかの頭をぐしゃぐしゃと撫でると、

「ええ、もちろん。大丈夫、僕がいますから」

 と再び眦を垂らして笑ってくれた。
 何よりも大事にしたいそれを自分へ向けてくれてその喜びを噛み締める。
 ゆかは気を抜いたら込み上げそうになる涙を堪えて、ありがとうございます、と頭を下げた。

 ──ああ、神様、この世のどこかにいるのなら。
 ──これからお参りする私の願いを聞いてくれますか。お願いです、どうかこれからもこのヒトの笑顔をずっとずっと守れますように。



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