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ナミダ色の網膜








 いつも綺麗だと思っていた緋と蒼がとても憎らしかった。何故光を映さない? 何故彼から光を奪った? もう、綺麗だなんて思えない、思いたくない。

 昨日、イヴェールの瞳は、もう世界を映さなくなった。

 彼の瞳に映る俺の存在はそれによって消えてしまったのだ。勿論、その瞳が俺を映し出してくれていたのもまた事実。それでも壊れてしまうなら初めから俺のことなんて映さないで欲しかった。分かってる、唯の我が儘だ、エゴだ。それでも、突き付けられたものはそこまで自己嫌悪に陥るくらい辛くて苦しくて残酷な現実だったのだ。辛くて苦しいのは彼の比ではないことくらい既知している。一番辛いのは光を失った本人である彼だ。神様は彼に“また同じ光を見たい”という一縷の望みすら持たせてくれないのだから。

「……ローランサン? いるのか?」

 椅子に腰掛けて瞳を閉ざしたまま呼びかける彼の声音は酷く柔らかい。そんな響きが、俺の心臓のリズムを狂わせる。なんで、そんなに優しい声が出るんだよ。泣けばいいだろ。叫べばいいだろ。なんで、なんで。誰が一番哀しいのか考えろよ。世界が見れなくなったのは俺じゃなくてお前なんだぞ。なんで、なんで俺が優しくされてんだよ。

「……泣いて、くれてるのか?」

 言われて気付くなんて俺も相当馬鹿になったらしい。ぼろぼろと零れ落ちるそれは紛れも無く己の瞳から零れている涙。とめどなく流れるそれは、床に水溜まりを作った。

 足は、勝手に動いていた。水溜まりを踏み付けて、背中を向けたまま椅子に腰掛けていた彼を後ろから強く抱きしめた。訳が分からない。でも、そうするしか術がなかった。もう二度と零してしまわぬよう、逃してしまわぬよう、彼の存在全てをかき集めるように。

「……ローランサン、」

 彼は俺が回した腕の存在を確かめるようにぎゅっと両手で握りしめた。虚空を掴むような拙い動作に、また、涙が止まらなくなった。紡がれた名前が、嬉しくて仕方がない。錯綜する感情に踊らされる俺は彼の肩に顔を押し付けて何かが切れたように思いきり泣いた。なだれ込むような慟哭は止まらなかった。力強く抱きしめれば、返してくれる手の力にイヴェールという存在を強く感じる。それだけが、唯一の救いな気がした。

「……俺は、世界を失った訳じゃないよ」

 そう、彼はぼそりと呟いた。鳴咽を喉の奥に押し込んで、俺は次の言葉を待った。彼は恐らく、幸せそうな表情をしている。そのまま見える筈のない窓の外を彼は眺めた。また、優しい声音が部屋に響く。

「俺が世界を失う時は、きっと、お前を失った時だから」

 だから、まだ何も失ってなんかないよ。




 幸せそうな彼の笑顔は、緋と蒼の双眸なんかよりも――否、他の何よりも綺麗だった。






 To be continued…







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