小話 | ナノ

にらめっこしましょ?








 じぃー……

「……な、何だよ」

 イヴェールが外から帰って来るなり椅子に座っていた俺の方へつかつかと歩いてきたかと思えば、何故か真顔で見つめてきた。しかも、かなり近くで。鼻先が触れるか触れないかの距離まで詰め寄られ、自分の顔に何か付いているのかとも思案したが、別段そういった訳でもなさそうだ。その考えを捨てて再び近距離で凝視される理由を一から考えようとしたのだが、今更ながらこの奇怪な状況を冷静に客観視してしまった。まじまじと己を見られているという現状を漸く理解したその瞬間、火の点いたように羞恥で顔が熱くなるのを感じた。そう思うが早いか、無意識にイヴェールから顔を逸らしてしまっていた。

「はい、ローランサンの負け」
「…………は?」

 イヴェールは俺から顔を離し、腰に手を当てて至極面白くなさそうに言った。何を訳の分からないことを言い出したかと思えば、勝ち負けなんてものが存在していたらしい。だが、真っ向から敗北を告げられること程腹の立つことはない。俺は苛立ちの籠もった声を零したが、そんなことは気にもせずイヴェールは淡々と話し出す。

「外で子供がやってたから、何となく。俺負ける気しないなーと思って」
「ガキか、お前は」

 呆れてそれ以上何も言えなかった。ガキの遊びをこの歳になって何故態々しなければならないのか不思議で堪らない。本当に取るに足らない遊びだなと本心では思った。だが、どうにも負けたという事実が気に食わない。ゲームだと知らなかったと言えば負けた口実になるが、それでも負けは負け。そこに変わりはない。そう考えれば考える程、腹が立つ。もう一回しようとは敢えて言わず、椅子から立ち上がり今度は俺の方から顔を近付ける。

「――って言っておきながらもう一回するのか?」
「うるせぇ」

 次は、絶対負けてやらねぇ。馬鹿らしいが、そう意気込んでしまう辺り自分は相当負けず嫌いらしい。嘲笑を浮かべるイヴェールはさも余裕そうに飄々とした態度で受けて立ってきた。だが、その後一変して周りが凍り付いたかのように冷たい表情になったのは相手も俺に劣らず意外と負けず嫌いだからだ。

 所謂、たかが遊び、然れど遊び――というやつだ。

「…………あー、止めた止めた!」

 だが、勝敗以前の問題が俺の中で発生した。くだらない遊びなんて忘れ、嫌気がさしたようにイヴェールから視線を背けてしまった。

「お前っ、……ムカつく」
「何が」

 そうやって首を傾げる姿から既に腹が立つ。陶器のように白い肌、長い銀の睫毛、稀有な緋と蒼の双眸。どこかの芸術品なんじゃないかと見紛う程のその顔立ちは出逢った時から既知していた筈なのに、まじまじと見ると余計に思い知らされる。自分とは違って綺麗なんだなと不覚にも納得せざるを得ない。それは、小さな闘争心を打ち砕くには十分すぎる理由だった。

「……とりあえず、お前の顔見てたらムカつくんだよ」
「俺は別にムカつかないけど?」
「はぁ?」
「俺はローランサンの顔、嫌いじゃないよ。寧ろ好きだけどな」
「なっ……!!」

 そういう所も、ムカつく。真顔でさらっと恥ずかしい台詞を吐くから反応に困る。如何せん、どう対応していいか分からなくなると自分は直ぐに赤くなる癖があるらしい。

「ほら、表情の変化が一々面白い」
「――って、楽しんでるだけじゃねぇか!」
「駄目なのかよ」
「……やっぱりお前、ムカつく」
「そりゃどーも」

 一生、コイツのこういった所に、俺は勝てないと思った。





end.







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