小話 | ナノ

太陽の牽制











 黄昏の屋敷を訪れた賢者は漂う空気に異様なものを感じた。扉を開けばソファーにゆったりと腰掛けた冬の天秤の姿。だがその両の瞳は何故か鮮朱に染まっていた。明らかに、おかしい。彼はオッドアイの筈だ。自然と、言葉に棘が混じる。

「……君は、誰だね?」
「イヴェールじゃないか、どうしたんだい急にそんな事」

 ふわりと微笑むその存在はいかにもイヴェール。だがその口角の上げ方、そして目の細め方に賢者は見覚えがなかった。端から見れば満面の笑み。それも、余りに魅力的な。だが賢者からすればそれは背筋の凍るものであった。痛々しい、作りものの表情であろうから。

「……これは、」
「ああ、からかって悪かった。私は朝。初めまして、ムシュー・サヴァン」
「……初めまして」

 眉を下げてくすくすと笑う彼はソファーから立ち上がり、首を傾げながら熟れた動作で手を差し出してきた。普段のイヴェールには見られないこの笑顔は、悪戯を成功させた子供のようで愛らしい。にんまりと口角を上げる姿はこちらまで微笑んでしまいそうな程楽しそうだ。だが、まだ“イヴェール”に対しての平生の対応ができない賢者は眉根を寄せながら会釈し、手を交わした。

「黄昏は眠っているよ。ああ、黄昏というのは貴方がいつも相手にしている人格だ」
「何故彼は眠っているのだね?」
「私には分からない。主に人格をコントロールしているのは彼なのだよ。今日は彼の替わりに私が出て来た迄のこと」

 朝は端的に今の状況を説明し、ソファーに腰掛けるよう促す。そのまま賢者は慣れた場所に慣れない空気のまま腰を下ろした。勿論、賢者はそんな齟齬を表情に出すような間抜けな人間ではないが、相手はほんの僅かに異なるその感情を捉え、含み笑いを浮かべた。

「些か驚いているようだね、黄昏は貴方に他の人格があると告げなかったのかい?」
「ああ、初耳だよ」
「まぁ、私達が現れるのは余りに稀であるから説明していないほうが当たり前だね。……貴方の所為でもあるけど」

 緋を眇める彼は底知れない笑みを湛えている。それはまるで嘲笑するかのよう。どうにも尋ねるのは釈であったので、最後の言葉は聞かなかったことにした。尋ねれば、彼の思う壷のような気がしたからだ。故に賢者は当たり障りのない返答をする。

「私達、ということは恐らく『夜』も存在するのかね?」
「察しの通り。何れ夜と対面する機会があるかもしれないが、彼は気難しい人格だから気をつけたほうがいい」
「楽しみにしているよ」

 新しい発見に賢者は久しく身が震える感覚がした。その機会がもう一度有るのだと解ると喜悦で喉が鳴る。本当に、久しい感情だ。だが、どうにもやはり眼前の存在が面白い反面奇妙で受け入れ難い。それでも彼は“イヴェール”なのだ。なし崩しな対応をする訳にもいかない。

「君は気さくで話し上手だね。黄昏と違って」
「ありがとう」
「私と、似つかわしい存在かもしれない」
「はは、それは光栄だね」

 朝はまたも笑みを浮かべている。それは心底そう思っているようなものであったが、いつの間にか冷たく妖しいものに変容していた。

「けれども、余りじろじろと観察されるのは趣味ではないんでね、程々にしてくれないかな? 貴方の人形にされては困る」
「……それは君自身を、と言うより黄昏に対して、と解釈したほうがいいのかね?」
「ええ。私も夜も、黄昏のことが気に入っているのでね。いつか貴方を消してしまいたくなるかもしれない」

 冷徹な微笑はまた柔らかなものに変わりつつある。短時間でここまで多くの笑みという表情を見たのは初めてかもしれない。言葉と表情が合致したり、しなかったり。例えば今のように、鋭い棘を持つ言葉を紡ぎながら愉悦に浸るような笑みを零すのだから、何をどう信じれば良いかなんて分かったものではない。そんな錯乱を、賢者ですら起こす程である。まぁ、平生のイヴェールをよく知る賢者だからこそなのかもしれないが。

「けれども、黄昏は私より素敵でしょう?」
「彼は、……子供だよ」
「貴方が一番分かっている筈だよ、ムシュー」
「……そうだね。君よりは、扱いやすいよ。あの子は」
「そう」

 内容は、そこらで話すような単なる会話。けれど、どちらも愛想を付けるような表裏の分からない笑みの下に、酷似した感情を通わせて。



 ――貴方の存在なんて

 ――君の存在なんて



 認めやしない。





end.







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -