小説 | ナノ

太陽が、壊す


※サンイヴェ










 太陽が、地を、身を、全てを焦がすように照り付ける午後。

「……暑い」

 ぼそりと零される独り言。だが、どこか相手に聞かせるような言いぶり。本日何度目かのその言葉を紡いだのは冬の名を冠するイヴェールだ。……尤も、肝心の相手は全く聞いていない。その呟きは言われなくとも周知の事実だからだ。口にすれば余計に暑くなる気さえする。

 だが、無視をしていられるのも束の間。

「暑い。暑い。シャワー浴びたい」
「……オイ、お前昨日浴びたばっかだろ」
「干からびる。死ぬ」
「いや、死なねーし」

 そんな淡々とした会話を続けながら歩く通りは頭上からの直接的な熱と地面からの蒸し上がるような二つの熱に挟まれている。とは言うものの、我慢できない程ではない。事実ローランサンの様子は普段となんら変わりないからだ。問題は、隣で文句を零しながら歩くイヴェール。

「……お前はそういうの気にしないからいいだろ」
「逆にお前は気にし過ぎだ」

 潔癖症なのだろう、この通りを過ぎる間にイヴェールの口からシャワーを浴びたいと何回聞いたことか。どうやら今日の宿にシャワーが付いていない――所謂、本当に用途が泊まるだけという宿が不服らしい。項垂れたまま覚束ない足取りで地を踏むイヴェールはどうやら口ぶり以上に憔悴しているようだが、相方のローランサンに言えることは唯一つ。

「昨日お前の我が儘で高い宿泊まったんだから仕方ねぇだろ。少しくらい我慢しろ」
「……」

 決して裕福な生活をしている訳ではない。寧ろ今は貧困に陥っているくらいだ。だのに昨日はイヴェールがどうしてもと言うものだから普段より少しばかり良い宿に泊まってしまった。お陰で金は面白いくらいに無い。今もなんとか食料を確保してきたところだ。

 そんな自分達の置かれている状況が漸く分かったのか、イヴェールはやっと口を噤んだ。ローランサンは壊れた人形のように機械的に言葉を発していたイヴェールが静かになり、小さく呆れと安堵を含んだ溜息をついた。とろとろと歩くイヴェールを余所に、置いていくぞと言わんばかりの速さで前へ出る。……その時だった。



 ――バタンッ

「イヴェール!?」

 突如ぐらりと大きくよろめいたイヴェールの肢体が地面に倒れ込んだ。ローランサンはいつになく狼狽えた声を上げ、反射的に膝をついて屈んだ。

「……おい、大丈夫か?」
「……多分…、日に当たりすぎただけ…だ」

 強がりもここまでなのか、普段よりも声音は掠れていて弱々しい。どうにか立ち上がろうとするイヴェールが余りにも危なっかしいので、肩を貸してやろうとするのだが。

「……いい」

 ぱしんと軽く手を払いのけられてしまい、どうにもできないままイヴェールは歩き出してしまった。宿に向かってふらふらと足を進める背中を追い掛けることすら、何故かできなかった。



***



 月明かりが差し込む部屋に、案の定と言うかやはりと言うか、イヴェールはベッドの上で俯せ状態になっていた。あれからずっと眠っていたのだろう、枕に顔を沈めていたイヴェールが少しだけ顔を上げるのを確認すると顔色は午後よりもまだ良くなっていた。それでも、視線はまだ少しぼんやりとしていたが。

 ローランサンが全て悪い訳ではないにせよ、相方がこうなってしまった以上気を使えなかった自分にも責任があると思わざるを得ない。勿論、どちらも体調管理のできない子供のような歳ではない。だからこそ、互いにそんなところに干渉するのも野暮だろうと思うために、親のようにくどくどと気を使ったりはできない。否、自分達の場合できないのではなく、しない。――強いて言えば、タイミングが分からなかった。素直に心配していいのか、いつものような冗談で流していいのか。平生から後者が多かったから分からなかった、と言ってしまえば唯の言い訳にしか聞こえないが、気付けなかったこともまた事実だ。

 だから、せめてもの償いを。

「……夜だから、外出れそうか?」
「? 別に、大丈夫だけど」
「うし、とりあえず着いてこい」
「なんでだよ」
「いいから!」

 イヴェールの問いを押し切って、半ば無理矢理部屋から連れ出した。







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