小説 | ナノ

レゾンデートルと戯れる


※ぐだぐだシリアス









 ――苦しみを糧に生きる、なんて。そんな綺麗事言いやがったのは何処のどいつだ。

 何処かで聞いたその言葉は自分の生き方と正反対のものであった。ローランサンはそれを脳裏に浮かべるとくつくつと喉で笑う。嗚呼、なんて綺麗な心を持っているんだろうと。……勿論、否定的な意味で。



***



 今でも夢に見る緋く燃える風車の村。灼けた肉の香り。子供の叫び。駆け回る兵士の足音。踏み潰される花。……そして、助けを求める愛しい少女の声。夢路でその総てがローランサンを逃がすまいと黒く包み込んだ。逃げてしまった自分。弱い、弱い、自分。……何故逃げた? 総てを置いて、そこまでして生にしがみつきたかったのか?



『…赦さない』



 夢から目覚めると、べっとりと汗をかいた背中が炎に灼かれるようにジリジリと疼いた。自嘲僻の強い彼の心の中で、その夢は黒く渦巻いた。忘れるな、お前は罪を犯したのだ、と。記憶は塗り替えられるものだ。だからこそ、時たまこうやって『忘れるな』と言わんばかりの現実味を帯びた夢を見る。鮮やかな緋が、再び目に宿る夢を。

 そう、日増しに募る悔恨と復讐の情は盗賊となった今でも尚残っている。

 たまに、思い出す。

「――何ぼけっとしてんだ」
「って」

 物思いに耽っていると、ふいに額に小さな痛みを感じた。額を手で押さえながら顔を上げると、眼前には見慣れた相方が立っていた。ローランサンは相手の長い指で額を弾かれたのだと漸く理解した。仁王立ちになる相方に睨みを利かせ、ついと視線を逸らして立ち上がる。

「……別に」
「そ」

 イヴェールは思いきり額を弾いておきながら、存外興味なさ気に先程までローランサンが座っていたベッドに座った。ローランサンはそんな相方の様子を横目で一瞥した後、洗面所へ向かった。

 ばしゃり、水が頬を伝う。鏡を覗き込めば、酷く窶れた自分が映っていた。普段なら自分は「痛ぇな! 何しやがる!」と突っ掛かる……筈。自身の性格上、腹の立つことを胸の内に押さえこんで上辺で取り繕うなんて器用なことはできない。無心で目を逸らしたのは、彼の視線が痛かったからとでも言っておこうか。

 見透かされていないのは分かるが、あの色違いの双眸は総てを見ているような気がする。イヴェールに自分の過去を話した覚えはないし、逆に彼の過去を聞いた覚えもない。それが分かった上での仕事仲間。互いに知る必要のないもの。だが、彼は――イヴェールは自分のことを殆ど知っているのではないだろうか? そんな根拠のない考えに陥る。

 部屋に戻れば、イヴェールはまだ座ったままぼんやりと天井を眺めていた。ローランサンはイヴェールから離れた状態で壁に凭れながら言葉をかけた。

「……聞かねぇのか?」
「何が?」

 質問の意味が分かっているのか、分かっていないのか、イヴェールは小首を傾げてみせた。いや、若しくは表情から感情を読み取りにくい相方は知らん顔をしているだけか。どちらにせよ、勘の良い相方のことだから何か聞いてくるとばかり踏んでいた。だが、額を弾かれた時点で自分が物思いに耽っていたことなんて丸分かりなのに、イヴェールは何も尋ねようとしない。聞こうとする素振りすら見せない。それは、過去を知っているからこその態度ではないか? ……流石に自分の勝手な思い込みだろうけど。

 とどのつまり、どちらかは定かでないが、無駄に感情的になられて慰められたりそれを顔に出されたりするほうがローランサンにとって居心地が悪い。寧ろ、聞かれないほうが気楽でいい。

「いつもお前ってそうだよな」
「だから何が」
「何かとケロッとしてるとこ」
「ローランサンも人のこと言えないだろ」

 ……ほら、やっぱり分かってる。『何が』と言っておきながら、最後には会話を成り立たせている。だから解らない、イヴェールという人間は。ああ、一々面倒になってきた。話を変えよう。

「今夜……いけそうか?」
「ああ、下調べは済んでる」

 一瞬で仕事の話になる辺り、二人共切り替えたようだ。今夜とある宝石商を営む貴族の屋敷に忍び込む予定らしい。イヴェールは口角をつり上げて屋敷の見取り図を広げてみる。その悦に浸るような表情は今夜の成功を確実に脳裏に描いているのだろう。自信過剰な奴だ。

「成功すれば、当分金には困らないな」
「ああ」

 成功すれば? 失敗する気など端から無いくせによく言う。余程いい策でも在るのだろうが、考えるのが嫌いな自分は現場で働くだけだ。口出しなんて滅多にしない。それはそれで、相方の頭を頼りにしてることになるが、いかんせんそうせざるを得ない。


 そう、生きる為には。

 そして、死ぬ為にも。


 盗賊なんて野蛮な仕事をしていればいろんな情報が嫌でも舞い込んでくる。否、今の自分には生きる術もこれしかない。生きて、憎い男を殺して、そして死ぬ。その為に、仕事は全うする。

 苦しい? ああ、聞かれずとも。だから、生きる。希望なんざ糞くらえだ。そんなちんけなものの為に生きるだと? 笑わせる。俺が生きる理由なんてそんな綺麗なものじゃない。

 何れ訪れる夜から逃げようものなら、また違う運命に囚われる。そんなくらいなら、自ら向かう方が幾分ましだ。生を与えられたその瞬間から決められている闇から逃れて何になる。消え去ろうが、向かえばいい。最後には結局同じ処に辿り着くのだから。



 思案に耽るローランサンはまたくつくつと喉で笑うと、何処かで聞いた台詞を思い出しながらぼんやりと独りごちてみた。そう、誰に話しかけるでもなく、ぼそりと。

「……俺も、色んな意味で苦しみを糧に生きてるかもな」
「はっ、お前なんか苦しみを糧にしてしか生きてない気がするぞ」
「ははっ、確かにな」











 ん…………? なんで、独り言から今の会話が成り立ってるんだ? 結局の所、イヴェールは、俺の過去を知らない筈――












「――って、やっぱりお前っ!!」
「お前の寝言が煩いんだよ」
「……ぅ」

 イヴェールはローランサンが悪夢に魘れながら発した言葉から大体の事情を察していたのか、呆れたように言い返した。ローランサンは自分の過去をそんな瑣末事から知られてしまったのかと思うと罵倒が総て喉に詰まった。……突っぱねても、今更遅いか。そう考え、ローランサンは落ち着こうと一息ついたが、次に出た言葉は思ったより小さくなってしまった。

「……復讐、しかねぇんだよ。今は盗賊の端くれだけど」
「……あ、そーなのか。…へぇ、復讐か。成る程」
「…………っあ、てめっ、誘導尋問しやがったな!?」
「俺は寝言が煩いとしか言ってない。勝手に話したのはお前だ」
「……っ、死ね!」

 こんな奴と生きてていいのか、本気で分からなくなった。







end.
------------

初ですが、ぐっだぐだですね(笑)
基本拙宅の盗賊さん達はこんな感じだと思っていただければ満足です。







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -