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酸とアルカリ







 カランと酒場の扉が開き、これまた常連であろう何人かの盗賊が入って来た、正にそのポイント。素晴らしいタイミングで投げ付けられたイヴェールがその盗賊の一番の巨漢に勢いよくぶつかってしまったのだ。

「――いってぇなぁ……おい、今日はえらく騒がしいとは思ってたが何の嫌がらせだぁ?」
「おいテメェ、さっさと顔上げて謝りやがれ!! それとも喧嘩売ろうってのか、あぁ!?」

 投げ飛ばされた影響で少しふらついたまま膝をついて立ち上がるイヴェールに向かって、盗賊達は詰め寄るように青筋を立てる。ぶつかった男よりも、何故かそいつを取り巻いている仲間の盗賊のほうがイヴェールをまくし立てている。元来盗賊なんてものは短気で喧嘩っ早い奴らが大半だと相場が決まっている。彼らもまた例外ではなく、思いきりぶつかってきたイヴェールに対して怒りを隠しきれないようだ。いや、隠す以前にそういった揉め事を愉しんでいるからこそ憤っていると言ったほうが的確か。

「――……ぇよ」
「あぁ!? 聞こえねーなぁ! 言いたいことがあんならはっきり言いやがれ!!」
「まぁまぁ、落ち着けよ。…なぁ、銀髪さんよ。よく見ればお綺麗な顔してんじゃねーか」

 そう言ってイヴェールがぶつかった巨漢は俯く彼の頤を無骨な動作で掬い取った。無理矢理上を向かされたイヴェールの顔は殆ど無表情であったが、血に濡れ、受けたばかりの頬の傷が逆に色気づいて見える。それを見た周りの輩は黄色い声を立てたり、また違った光を澱ませた瞳でイヴェールを食い入るように見たり……二つに一つだ。

「どうだ? 今すぐここで俺達の仲間になるってんなら許してやってもいいぞ?」

 下心丸見えの物言いは周りがまた持て囃すのに又とない台詞だった。だが、一時中断となってしまった殺し合いにも酷似した喧嘩による熱はそうそう早く冷める訳もなく。

「おいおい、何震えちゃってんだよ。怖がらなくてもいいだろうが」

 相手の無遠慮な愚行と女を見るような言葉遣いの所為で理性が崩壊するかの如く身体がガタガタと震えだした。一度は何とか抑えたものが、利かなくなってくる。

 本日二度目の、何かがプツンと切れる音が、響いた。

「煩ぇよ……!!」
「ああ!?」

 地獄から這い上がるような怒声が落ち着き払っていた男にも癇癪を引き起こさせたが早いか、いつの間にかその巨大な体躯が壁まで飛んでいた。外ならぬ原因は、イヴェール。怒声と共に回された脚が恐ろしい力で男を蹴り飛ばしたのだ。その威力云々を問う前に、遂に仲間であった盗賊の勘忍袋の緒が切れた。

 それから後になって知ったのだが、イヴェールが蹴り飛ばした巨漢はどうやら盗賊として名高く、酒場の盗賊達は逆らえなかったらしい。そういう由で周りの奴らまでこの喧騒に加わって、いつの間にやらイヴェールとローランサンは酒場にいた全ての盗賊から敵視されていた。何故かローランサンまで巻き込まれているのは、咄嗟に転がっていた黒い剣をイヴェールが彼の足元へ投げ付けたからだ。当然先程まで壮絶な喧嘩をしていたとはいえ、仲間であることがばれていたので一瞬にしてローランサンも敵視されてしまったというオチだ。この時ばかりはイヴェールを恨んだが、この際喧嘩の相手がどうこうは関係なかった。唯ひたすら、猛ったままの苛立ちを鬱憤晴らしの如く向かってくる奴らにぶつける。



 意外と時が経つのは早かった。夜の酒場にしては気味が悪いくらい寂寞とした状態。そんな奇妙な場所の中心辺りに、息を切らしながら背中合わせで座り込むイヴェールとローランサンの姿があった。周りはと言うと、それはまぁ見事に全ての人間が地に伏していた。二人共殆ど意識が飛んだままだったらしく、どっと疲労がなだれ込み、発条の切れた人形のように座り込んでしまっていたのだ。正直、すぐ背後にあと一人だけ残っている苛立ちの元凶を摘み取ってやる力も互いになかった。深い深い溜息が零れた。

「片付いたか……」
「ああ…、なんとか、な……」
「……どこが片付いただ」

 ふと、ドスの効いた男の声が疲れ果てた盗賊二人の耳を掠めた。びくりと肩を竦ませた二人が音の方向にまるでロボットのようにぎこちなく首を回すと、そこには鬼の形相の主人が避難していたカウンターの奥に佇んでいた。

「「……げ」」

 状況を察した二人は綺麗に声を揃わせた。しかも、どちらも頬を引き攣らせて。

「酒場の修理代、勿論払ってもらわねぇとなぁ…」

 小気味よく鳴らされる手の骨の音が主人の怒りを如実に示している。冗談めいた言葉の裏からありありと感じられる殺気が肌に痛い。暢気にも周囲を見渡してみれば、二人が散々暴れた酒場は惨憺たる状況だった。壁は所々崩壊し、床で割れた無数のワインの匂いが鼻を付いた。気絶したり痛みで小さく呻いたりしている盗賊達が起き上がってしまうのも時間の問題かもしれない。互いに目配せをすると、背中に主人の怒声を浴びながら一目散に酒場を飛び出した。



***



 荒い息遣いが二つ、夜の帳にこだまする。宿までの帰路の路地裏にイヴェールとローランサンは身を潜めるように屈み込んだ。壮絶な喧嘩をしていたにも拘わらず、事の成り行きで二人一緒に此処まで逃げて来てしまった。呼吸を整えるように深く息をついて、一人は暗闇を仰いだり、もう一人は壁に凭れたり。すると、ちらと一瞥してみた相手の掌にあるものが視界に映った。そこからゆっくりと視線を上げると、ぱちりと瞬かせた瞳とかち合う。同時に、ぷっと息を吹き出して笑ってしまった。くつくつと喉の奥で笑いながら、イヴェールは座り込む隣の相棒に尋ねる。

「お前、いつ盗んだんだよ」
「……さっき」
「…同じことすんなよな」

 どうやら酒場の盗賊達と乱闘を繰り広げている合間、実は二人共正気に戻っていたらしく、適当な相手の懐から財布らしきものを盗んでいた。イヴェールはともかく、考えなしの単細胞と皮肉られたローランサンまでもがその行動に出ていたのだから驚きだ。小さな笑いの波が治まると、また妙な闘争心が垣間見える瞳同士がぶつかった。相手の意向を理解すると、互いに盗んだ財布を開ける。それはまるで貰ったばかりの誕生日プレゼントを意気揚々と開けて周りに見せる子供のようでもある。幾らなんでも、もうそんな歳ではないが。

「お、当たり」
「ちっ、すっからかんじゃねぇか」

 イヴェールが盗んだものは思った以上に金があったようだが、ローランサンのほうは言葉通りハズレだった。らしくもなく落胆している彼を見て、イヴェールはこれからコイツの尻拭いをするのは自分なのだろうと悟った。もう既に、当てに出来るのは今手にしているものだけだから。

 流石にここまで来ると反抗する気も失せたのか、ローランサンは少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。決してその口から謝罪なんてものは出てこないが、今はそれだけで許してやることにした。

「……帰るか」
「……ああ」

 気が合うのか合わないのか、至極微妙な二人の影が並んでまた動き始めた。







end.
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ツバメさんのネタを無遠慮にもお借りして書かせていただきました…!ありがとうございます!
私の盗賊イメージも多々含んでいるのであれですが、とても楽しかったです、はい。こういうのをきっかけに仲良くなればいいな…。







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