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狂い咲き夜想曲









 カランコロン、

 酒場の扉を開けば小さな鐘の音が鳴り響いた。途端に視界に入ったテーブルとお友達状態の白髪の男。それとほぼ同時に、酒場の主人が扉を開いた張本人を視界に認めて声をかけた。

「お、イヴェールじゃねぇか」
「相方がすまない。直ぐに連れて帰る」
「オイ、お前は飲んでかねぇのか?」
「今日は遠慮しとくよ」

 苦笑を零し肩を竦ませたイヴェールは主人に相方が飲んだ酒代を払うと、テーブルに突っ伏すそれに近付き肩を揺さぶった。

「おい馬鹿、早く起きろ」
「…………んー……イヴェー、ル?」

 むにゃむにゃと顔を上げた相方の肩は酷く熱かった。頬も赤く染まり、完璧に酩酊状態らしい。深い溜息をついた後、イヴェールはローランサンの腕を肩にかけて彼を起こしてやった。

「悪い、今度来る時はちゃんと飲みに来る」
「ああ、気ぃ付けてな」

 軽く主人に挨拶をして、そのまま引きずるようにローランサンを宿に連れ帰った。



***



「いい加減起きろ、馬鹿」

 イヴェールはまるで投げ捨てるかのようにローランサンをベッドに放り投げた。同時に安宿特有の硬いスプリングがみしりと壮大な音を立てる。いきなりの衝動にローランサンもいかばかりか瞠目するが、直ぐにまたとろんとした瞳に戻った。上半身はなんとか起こしているが、また今にも夢の世界へ旅立ちそうな勢いだ。イヴェールはそんな相方の様子に盛大な溜息を零し、疲れたと言わんばかりに手で肩を押さえて首を鳴らした。薄目でなんとかイヴェールを視界に認めたローランサンは、漸く言葉らしい言葉を紡いだ。

「……起き、てる」
「お前頭は寝てるだろ」
「…うー…」

 もう駄目だこの酔っ払いは。何故わざわざ酒場まで迎えに行ってやったかと言うと、答えは明白。仕事の前に一杯飲んでくるとかなんとか言って黄昏時に宿を出て行った彼が、いつまで経っても帰ってくる気配がなかったからだ。お陰で今日の仕事は自分一人でやった。幸い大きな仕事ではなかった故、相方の戦闘力がなくても大丈夫だったのだ。

 ……普段大きな屋敷や美術館に忍び込む場合、警備が多いとヘマをすれば簡単に殺られてしまう。そんな時に彼の力は役に立つ。先頭を切って黒い剣を振り回す姿は、――言うのは癪だがとても頼りになる。だが、こうして酔ってしまえばただの手の掛かる馬鹿だということも明白だ。

「はぁ……」

 イヴェールはローランサンに背を向けるとまた深く溜息をついた。……疲れる、異常に。見ているだけで腹が立つ。まだ酔っ払って絡まれないだけましだが、背後のベッドに焦点の合っていない男が座っていること自体が癇に障る。ああ、面倒以外の何物でもない。ボランティアをする為にコイツと組んだ訳ではないのに。

「…イヴェ」

 鼓膜が奮え、か細い音が脳に届いた。すると、いきなり愛称で呼ばれたことに疑問を抱く前に、自分の腕が強く引かれた。気付けば自分までベッドに座り込み、後ろから抱え込まれていた。苛立ちの原点である、ローランサンに。

「おいローランサン! ふざけ」
「淋しい」

 ローランサンはイヴェールの言葉を遮るようにくぐもった声で囁き、ぐっと腕の力を強めた。熱の篭った低音が耳元で紡がれ、イヴェールは肩を竦ませて固まってしまった。

 吐息が、耳殻を掠める。頬に、熱が集まる。ローランサンの普段のような嫌に明るい声音が消えてしまった気がして、鳥肌が足元から駆け上がった――まぁ、理由はそれだけではないのは既知しているが、……認めたく、ない。

「別に酔ってねぇから……」

 それは酔っ払いが必ずと言っていい程の確率で言う言葉だ。実際、普段とは比べものにならないくらいローランサンの身体が熱い。背中からその熱がじわりと伝わってくる。

 すると、ローランサンはイヴェールを抱き抱えたままごろんと横になってしまった。抵抗するにも酔っ払って力加減が分かっていないのか、イヴェールは苦しいくらいきつく腕に納められている。

「イヴェ、枕にする…」
「おいっ、お前いい加減に…――」

 ぽすっ、とローランサンが髪に顔を押し付けてきた。先程から言葉を紡ぐ前に相手の行動に思考が働かなくなる。

 顔を見なくても分かる。きっと後ろの相方は有り得ないくらい幸せそうに笑ってるんだろ。気持ち悪い程。

「……ふわふわ…」
「……勝手にしろ、馬鹿」

 苛立ちとか、やる瀬なさとか、もう全てどうでもよくなった。






end.
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プライドの高いイヴェと馬鹿連呼されるサンが書きたかった(笑)







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