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 例えばそれは、有り体な言葉で言うなら、予期せぬハプニングだった。

 作り終えた書類を抱え、修兵は他隊へ足を運んでいた。本来なら副隊長自ら書類運びなどしなくてもいいのだが、仕事の息抜きを兼ねて買って出たのだ。
 少なくなった書類の一番上に乗った紙を眺める。
――あー、最後は13番隊か。今日は出てんのかな、浮竹隊長。
 最近は調子が良かったと記憶している。なら今日は顔を見ることもできるだろうと当たりをつけた修兵は背筋を伸ばした。疲れからか、知らぬ間に猫背になっていたようだ。
 特に懇意にしている訳ではないが、親しみやすい彼は、尊敬に値する隊長だ。――あの人と同様に。
 ここにいないあの人を思うと、割りきったつもりでいても苦しくなる。
 思わず苦笑を浮かべた修兵は、ふと廊下の先で立ち止まっている人物を見つけた。外を眺めているのは、黒髪が風に揺れる小柄な女性死神。
――……あれは。
 朽木ルキア。貴族の養子になった、後輩の友人。阿散井を介して話をしたことは何度かあったが、それ以外に接点はなかったはずだ。
――何してんだぁ? こんなとこで。
 外を見つめる彼女の視線を辿り、自分もそちらを見るが、特に変わったものは見つけられなかった。緑が生い茂る庭とも言えない空間は、手入れはされていてもただそれだけだ。
 内心疑問を抱きながら修兵は視線を戻し、足を進めた。少しずつルキアに近づくにつれ、足音を立てないよう慎重なる。
 少し驚かせてやろう。霊圧は消していないから、それで気付かないなら彼女の注意力散漫だ。
 ゆっくりルキアに近づく修兵。その顔はいたずらっ子さながらの笑みが浮かんでいる。しかし、ルキアの顔が見える場所まで来ると途端に足を止めてしまった。
 修兵はその場で食い入るようにルキアの横顔を見つめる。
 初めて見た、彼女のあんな表情を。穏やかで優しくて、切なそうなその瞳を。
 いつだってルキアは近寄り難い空気があった。何かに負い目を感じているような、何かを拒絶しているような。周りに誰がいても、彼女の瞳は孤独を訴えていたのに。それが、なくなっていた。
 どろりとした黒いものが修兵を襲った。温かい何かも同時に。思わず苦笑する。表情の変化が分かるほどに自分は彼女を見ていたのだろうか。
 ルキアが変わったというのなら、それは死神代行である彼とその仲間のせいなのだろう。いや、おかげというべきか。りょかの侵入事件は記憶に新しい。
 嬉しく思う一方で、悔しくもあった。ルキアにあの顔をさせたのは、自分ではないのだ。
 修兵は片手で後頭部をガシガシと掻いたあと、深く息を吐いた。全て吐き出すと自然に空気が入ってくる。そして再び歩きだした。
「よっ!」
「ひぃっ…!」
 足音を立てないように近づき肩を叩くと、ルキアは猫のように飛び上がる。
「…何だよ朽木、人を幽霊みたいに。ちょっと傷つくぜ?」
「ひ、檜佐木副隊長!? すいませんでした!」
「いいって頭上げろ。驚かせた俺が悪ぃんだから」
 ルキアが振り返り、素早く頭を下げる。それを見た修兵はいたずらが成功したことを喜びくつくつと笑う。
 頭を上げたことを確認した修兵は気になっていたことを聞くことにした。
「こんなとこで何してんだよ?」
「…向こうを、思い出しておりました」
「現世か?」
「はい。ちょうどあの木の辺りが、学校でお弁当を食べた場所に似ていたので」
 そう語るルキアの瞳には、郷愁に似た光が煌めいている。
「そうか」
「檜佐木副隊長はどうしてこちらへ?」
「俺は書類運びを兼ねて息抜きだな」
「…息抜きが主ですか」
 真面目な彼女は言葉通りに受け取ったらしい。大きな目をぱちぱちと瞬かせている。
「おう。隊長不在で、今は俺が隊を仕切ってるからな。休んでる時間はないが、部屋にこもってると周りの奴らが煩ぇんだ」
 修兵はいたずらに笑う。自分の身を案じていることを分かっているので、休めと口煩い部下たちを邪険にできない。かと言って休んでいる暇も本当にないので、簡単で気分転換できる作業で誤魔化しているのだ。
 しかし、ルキアはそんなことは知らない。ただ、先の戦いの傷痕はこんなところにも残っているのだと、少し憂鬱になった。
「…そうでしたか」
「そう言や、身体はもう大丈夫なのか? 怪我は治ってるみてぇだが」
「はい、怪我の方はもう。元々大した怪我ではありませんでしたから。ですが霊圧を完全に回復するには、もう少し時間がかかりそうです」
 手のひらを閉じ、また開くという動作を繰り返すルキアに、修兵は思わず口元が緩めた。
「そうか、早く戻るといいな」
 くしゃりとルキアの頭を撫でた。すると彼女の大きな猫目がさらに大きくなっていく。それを見た修兵は慌て手を離した。
「悪ぃ、嫌だったよな」
「いえ、そんなことは! 久しく頭を撫でられたことがなかったので、少し驚いただけで…」
「いやホント悪かった。ちょうど撫でやすい位置に頭があったから、つい」
「……どうせ私は背が低いです」
「あ、いやそうじゃなくてだな」
 視線を反らして拗ねるルキアに、修兵が慌てて取り繕う。それがあまりにも必死に見えてルキアは小さく笑ってしまった。
「お前な……」
「し、失礼しました」
 照れ隠しも含め睨みをきかせるも、ルキアの肩は小刻みに震えているし、そのせいで声も安定していない。修兵は大きな溜息を吐いた。
「…笑うか謝るかどっちかにしろよ」
「す、いませ…」
「…………」
 一体何が彼女のツボに入ったのだろう。未だに笑い続けるルキアに修兵は呆れて何も言えなくなった。
「…コホン、失礼しました。もう大丈夫だと思います」
 暫くするとやっと落ち着いたルキアが申し訳なさそうに頭を下げた。しかし、ルキアは未だに笑いを堪えているようだ。
 こういうところは、阿散井の幼馴染みといったところか。
「よーし、よく分かった」
「何がですか?」
「お前、俺の仕事を手伝いたいんだな」
「へ?」
「そうならそうと早く言えよ。ちょうどよかった。これから13番隊に書類届けるとこだから、お前ついてこい。ほら、これお前の分」
 今まで黙っていた修兵の突然の行動についていけないルキアは、小さな書類の束を差し出されるまま受け取った。
「何やってんだ、早く行くぞー」
「ま、待ってください! 檜佐木副隊長!」
 呆けたルキアを置いて先を歩く。慌てて後ろをついてくる気配がして、口元がにやけた。
 書類の量はたかが知れている。それを少し彼女に預けて(もちろん自分の方が量は多いが)、同じ道を歩くことが妙に嬉しかった。



さな小さなハプニング

(君との距離が近づいた気がした)




* * * * *
初修ルキ、初NL!
コイツら可愛すぎて死ぬる(笑)

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