drrr!! | ナノ

 真っ暗な夜道を、赤いちょうちんがポツポツと照らしている。
 普段なら怖いだけの細い道も、からころと鳴る下駄の音やざわめく人の声が静かに響いていてちっとも怖くなかった。
 田舎の祭りを思い出した。降ってきそうな星を見上げながら中途半端に舗装された道を歩いた、ほんの数年前までの夏。綺麗に舗装された道路に足を取られることはないが、脇に生える雑草は田舎も都会もあまり変わらない。そんな些細な発見がなんだかくすぐったかった。
 もう少しで待ち合わせ場所に着くのだろう。少しずつ喧騒が大きくなっていた。
「帝人」
 背後から聞こえた名前を呼ぶ声に足を止め、振り返る。
「静雄さんに京平さん!」
 そこには、帝人と約束をしていた2人がいた。
 濃灰色の浴衣を纏った静雄が手をあげている。その隣には、黒に似た青が印象的な浴衣を着ている京平が。当然だが、彼らのトレードマークとも言えるサングラスやニット帽はなかった。
 2人が並ぶと圧巻だなぁとぼんやりしている間に近くまで来たらしい。
 あまりに近くにいるせいで、首が小さな悲鳴をあげている。背の高い2人と平均的な高さしかない帝人ではあまりにも高さが違うのだ。
「どうした?」
「あ、いえっ。その、2人とも浴衣が似合ってるなぁと思って……」
 見とれちゃいました、と頬を染めながら笑う帝人に、大人組が顔を赤くした。素直なのは帝人の美徳だが、少女に恋する2人には刺激が強かったようだ。
「帝人も、よく似合ってるぞ」
 いち早く我に返った京平が帝人に笑いかけた。
「ほ、本当ですか?」
「すげー可愛い」
 負けじと静雄も声をかける。
「よかった」
 褒められ慣れてないのか、帝人はそわそわと落ち着かないながらも嬉しそうに笑っている。
 今日の浴衣はこの日のために買ったものだった。実家には今まで使っていたものがタンスにあったが、高校生になったのだからと新調したのだ。それを褒められて悪い気はしない。
「さぁ早く行きましょう」
 笑顔のままくるりと踵を返した帝人が、2人の手を取って歩き出した。

 帝人を夏祭りに誘ったのは静雄と京平だ。
 正確に言うと2人は別々に帝人を誘ったのだが、どうせなら一緒に行きましょうと言う帝人に押しきられ3人で来ることになったのだ。
 2人きりがよかったと恨めしそうに睨み合う2人は、浴衣で行きましょうねとキラキラ目を輝かせる帝人に嫌だとは言えなかった。
 仕方ない、帝人が楽しいならそれでいいんだ。でも来年こそは2人で…、なんて考えている彼らを世間ではヘタレと言う。その認識はますます強くなっていることを本人たちは知らない。
 というよりも、ニコニコと楽しそうにしている帝人を前に、そんなこと考えている暇はなかった。

 鳥居を潜り階段を上れば、そこは別世界だった。
 石畳の道の両脇に隙間なく並んだ出店。そこから香る甘い匂いとソースの焦げる音。色とりどりの景品が並べられた店先に群がる子供とその親。ぴちゃり、と跳ねる金魚。道の真ん中まで溢れる人が、踏み鳴らす下駄と笑い声。
 その何もかもに圧倒される。
 いつもと様子の違うその場所へ、入りたいのに何かが邪魔をして躊躇する。けれどそれも一瞬で、誰とも言わず手を引き合い人の流れに紛れ込んだ。
「あ、射的がありますよ!」
 白く細い指が示す先には遊技場と書かれた少し大きい店がある。
「へー、珍しいな」
「そうですよね。僕、初めて見ました」
「そうか? 地元の祭りには必ずあったぞ」
「じゃあ、門田さんはしたことあるんですか?」
「あぁ、結構得意だ」
「そうなんですか。静雄さんは?」
「俺はしたことねぇな」
「やったことないならやってみるか」
 京平の一言により、3人は射的をすることになった。
 人混みを掻き分け着いた先には様々な景品が棚に並んでいる。
「うわー、ゲームのソフトまであるんですね」
 意外な景品に驚く帝人は、キラキラとした瞳で2人を見上げた。
「どれが欲しい?」
 料金を渡し与えられた弾を装填しながら京平が問うと、大きな両の目が棚に置かれた景品を見渡す。
「うーん、……あ! あれが欲しいです!」
「あれって、あのイヌか?」
「はい!」
 帝人が指差す先にあるのは茶色いイヌのぬいぐるみ。小さすぎず大きすぎず当てにくいものではなさそうだが、落とすのはなかなか難しそうだ。
 分かったと頷いた京平はウサギに狙いを定める。その隣に立つ帝人の目はイヌに釘付けだ。
 静雄は一歩後ろでその様子を見ていた。やったこともない射的で得意だと言う京平と張り合ったところで勝ち目はない。ならば、自分も得意なもので帝人にアピールする方がいいのではないか。というのは建前で、おもちゃと言えど銃を壊しては大変なことになりそうで持つのが戸惑われたのだ。
 ぐだぐだと静雄が葛藤している前で京平はイヌを撃ち落とした。
「やった、落ちましたね!」
「ほら、やるよ」
「ありがとうございます」
 おじさんから手渡されたイヌのぬいぐるみを腕に抱き込みふわりと笑う帝人は、それはそれは可愛かった。京平も取れてよかったと満足そうに笑う。
 ここで面白くないのは静雄だ。何かいい出店はないかと周りを見れば、輪投げの文字が見えた。
 あれなら帝人と一緒に遊べるのではないか。それに投げるのは得意だ。いつだって動く的を狙って投げているのだから。静雄は幾分気分を持ち直し帝人に声を掛ける。
「帝人、一緒に輪投げしねぇか?」
「いいですよ。行きましょう!」
 結局、静雄は輪投げで取った黒ネコのぬいぐるみを帝人にあげた。笑顔で礼を言う帝人を見れたことに、静雄は満足したのだ。

 その後3人は何か食べたいという帝人の言葉にたこ焼きや焼きそば、りんご飴などを食べ歩き、時折ヨーヨーすくいなどをしながら3人で遊び歩いた。ことあるごとに静雄と京平は競い合い、その結果両者とも希に見る記録を打ち出したのだった。
 いささか大人気ないが、帝人がすごいすごいと喜んでいたので結果オーライと言ったところか。



「ふふ、楽しかったですね」
 帰り道。
 深くなった夜の帳を、3人は縫うようにして歩いていた。夜も遅いからと帝人を家まで送ることになったのだ。
 帝人を真ん中に並んで歩く。あれが美味しかった、それは自分が勝ったと、話は尽きない。
 楽しい時間はあっという間だ。帝人の住む古いアパートが見えてきた。
「来年も一緒に行けるといいですね」
 帝人が溢した呟きに、2人は返事をしなかった。




(3人でなんて、そんな約束は)




* * * * *
遅くなりましたが、にょた帝で静帝門です!
女体化関係なくね?とか思いつつ、季節感もなくて申し訳ないです。
いや、これ書き始めたの夏だったんですよ。まだ夏休みだったから大丈夫だと思ってたのに。
2万打ありがとうございました!


2010/12/17


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