drrr!! | ナノ

 室内は限りなく静かだ。
 平和島幽という人間は元々口数が極端に少ない。自室のソファに腰掛けた幽は明日予定されている撮影の台本を熱心に確認していた。
 それをぼんやり眺めながら、向かいの席に座る帝人は膝の上で丸まって寝ている幽の愛猫・独尊丸の背を撫でる。
 整いすぎて冷たく見える無表情は、今もやはり無表情だ。さらさらの黒髪がその端正な顔に影を作り、まるで絵のよう。帝人はほぅ、と溜め息を吐いた。
 どれくらいそうしていただろうか。休日だというので彼を訪ねたのだが、覚えなければならない台本があるから少し待っててとほんの少し眉を下げた幽に言われ、帝人は頷いた。今をときめく人気俳優は、休みですら仕事があるらしい。忙しい人だと分かっていて、体を休めて欲しいと思いながらも会いたいという気持ちに負けて家を訪ねた。傍にいられればそれでいいだなんて殊勝なことを考えてみるが、それでもやはり温もりが欲しいと思う。どちらも本心なのだから手に負えない。
 そうして身動きが取れずずっとソファで大人しくしていた帝人に、不意に眠気が襲った。控えめに欠伸をして目を閉じる。静かな微睡みが心地好く、直ぐにでも眠ってしまえそうだ。
 膝の上で寝ていた独尊丸がのろりと立ち上がり何処かへ消えた。温もりがなくなり、肌寒さすら感じる。唐突に寂しくなって帝人は横になり体を丸めた。これ以上、温もりが逃げないように。
「眠いの?」
「…眠くなんて、ないです」
 うっすら目を開いた。台本から顔を上げない、さっき見ていたままの幽の姿が見える。
「欠伸してた」
「でも眠くないですから」
「眠いなら寝てていいよ」
「眠く、ないです…」
 帝人が必死に否定するが言葉尻が徐々にすぼんで欠伸にすりかわる。説得力の欠片もないなと内心自分に呆れていたら、くすりと幽が笑った気配がした。
見えてるのかな、僕が。それは恥ずかしいかもしれないなぁ。
 眠さばかりが表面に現れるが帝人の頭は粛々と回転している。とりとめもないことばかりが頭をかすめ消えていく。欠伸が零れる。
「ほら、また欠伸」
「欠伸くらい普通です」
 屁理屈だ。幽は言葉を紡ごうとしてやめた。視界の端に写る帝人はとろりと目を細めじっとこちらを見ている。その視線に気付かないフリをして仕事をしていた幽だったが、彼とて恋人を放り出して仕事をしていたいわけではない。それでも今、しておかなければ間に合わないのだ。けれどそれもこれで終わり。
 本を閉じる音がした。再び落ち始めた帝人の瞼が震えて幽を見やる。
「終わったんですか?」
「うん、待たせてごめん」
 立ち上がった幽が帝人の眠るソファに近づき、帝人の頭の上、空いたスペースに腰掛けて頭を撫でた。気持ちよくてその手に擦り寄る帝人はまるで。
「猫みたい」
 頭上から笑いを含んだ柔和な声が聞こえて、帝人は少しむっとする。散々人を待たせておいて、今度は猫扱いだなんて。ペットじゃないんだけど。でも気持ちいいから何も言わないでおく。
 それに猫というなら幽の方がお似合いだ。いや、猫というよりは豹と言った方がしっくりくるだろうか。足音を立てずに近くに寄ってきた彼を思い出す。静かな瞳は獲物を狙う肉食獣にぴったりだが、涼やかなその顔がその気配を削いでいる。夜行性の豹は、昼間は大人しいらしい。そこまで考えて帝人はおかしくなった。
「何笑ってるの?」
 あれ、顔に出したっけ? 上から覗き込む幽の顔を見て帝人はへにゃりと顔を緩めた。
「幸せだなぁって」
「幸せ?」
 不思議そうに目を揺らした幽に帝人は頷いて答える。
ふかふかのソファに寝転び頭を撫でられながら微睡む昼過ぎ。大好きな人の温もりを感じながら、彼を独占している休日。何もないけれど、ひどく穏やかな幸せ。
「幽さん」
「何?」
「幸せですね」
「うん、幸せだね」
 ふふ、とお互いに顔を合わして笑う。
「……幽さ、ん」
「寝ていいよ。少ししたら起こしてあげるから」
 帝人は頷いて瞼を閉じた。




(昼の底、あなたの腕の中)




* * * * *
リクエストで幽帝でした!
幽帝はやっぱり難しいなぁと再確認しました。しかしほのぼのさせられたので満足です^^
ありがとうございました!

2011/01/21


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