drrr!! | ナノ

「起きてください、朝ですよ」
 京平の1日はその一言から始まる。
 少し固めの安っぽいベッドは京平のお気に入りだ。柔らかなベッドは体が沈んで寝づらいこともあり、わざわざ探したツインベッドは2人で寝たって余裕がある。固いベッドに対し布団は柔らかで、朝はついつい寝過ごしがちだ。
 低血圧という訳ではないのだが、寝心地がいいのと帝人がお越してくれるということもあって最近はすっかり寝坊助になってしまった。
 今も起きるのがもったいなくて布団の中でぐずぐずしていたら、時間が経っていたらしい。肩を揺らす帝人の手を掴んで引き寄せた。
「うわ…っ」
 驚く声と共に京平の腕の中に帝人が入る。ぎゅっと抱き締めて、額に唇を寄せた。
「おはよ」
「おはようございます」
 薄く目を開いた京平が声をかければ、帝人はクスクスと笑いながらそれに応える。
「ほら、早く起きないとご飯食べる時間なくなりますよ?」
「ん、分かった」
 はっきりしてきた視界に写るのは、空のように澄んだ青――帝人の瞳。そして優しく微笑む帝人。それに胸が温かくなるのを感じながら京平が帝人を解放すれば、さっと起き上がった彼は用意があるからと寝室から出て行った。その背中を見届けて京平もベッドから抜け出した。
 欠伸をしながら怠慢にではあるが顔を洗えばようやく目が覚める。リビングから薫るパンの焼ける匂いが空腹であることを意識させ、誘われるまま京平は足を動かした。
 リビングと言ってもダイニングを兼ねたもので、もっと言えば居間と言った方がしっくりくるようなこじんまりとした部屋である。そんなリビングへ入ればテーブルの上に並べられた朝食が目に入った。バターが溶かし塗られたトーストにカリカリに焼けたベーコン、湯気の立ったコーンスープと緑が眩しいサラダ。どれも帝人が用意したものだ。
「早く座ってください。新聞はテーブルにありますから」
 最後に目玉焼きを置いた帝人が入り口近くで立ち止まったままの京平を手招く。テーブルに座り改めて朝食を見た京平は、いい嫁を貰ったなと思った。
 帝人が向かい側に座れば2人で手を合わせる。
「いただきます」
 重なった言葉は毎朝の恒例なのだが、帝人は未だに慣れないらしくはにかんでいる。それを見て、また胸が温かくなるのだ。
「うまい」
「ありがとうございます。焼いただけなんですけどね」
「でも、うまい」
 これもいつもの会話だ。
 トーストも目玉焼きもベーコンも、どれも焼いただけだ。サラダに関しては一口サイズに切っただけだし、コーンスープは粉末をお湯で溶かしただけで料理というには少し足りない。けれど、帝人が朝少し早く起きて作ってくれるのだから美味しくないわけがなかった。
 そのあとも2人は会話を続けながら朝食を摂る。
「今日は早く帰ってこれそうですか?」
「そうだな、いつも通りだと思う」
「そうですか。何か食べたいものってあります?」
「帝人が作るなら何でもいい」
「……そう言ってくれるのは嬉しいですけど、何でもいいって1番困ります」
「じゃあ焼き魚」
「はい、わかりました」
 何も言わずとも味噌汁も出てくるんだろうな。京平は笑った。
 穏やかな気持ちで過ごす朝は、1日の始まりとしては申し分ない贅沢だ。しかし朝というのは流れる時間が早いようでゆっくりしていられる時間はほとんどない。自分がいつまでもベッドで寝ているせいもあるのだろうが、それを差し引いても時間は足りない。
 空になった皿を流しに運び手際よく洗っていく。朝食を作るのが帝人の仕事なら、片付けは京平の仕事だ。はじめは片付けも帝人がしていたのだが、帝人の方が早く家を出なければならないせいもあって京平がすることになった。家事全般はしてもらうばかりで気が引けていたので丁度いいと思った。以来、朝食の片付けは京平の仕事になった。
 ちなみに夕食の片付けは2人でやっている。俺がやるから座っていろと言ったのだが、自分もやりたいからと押し切られてしまった。
 一通り片付けが終われば自分も仕事へ行く準備をしなければならない。と言っても仕事は実家の左官屋で、作業着はなく私服も同然。用意するものもないし、家から近いこともあって急ぐ必要はない。たとえ自分に時間があっても帝人にないなら意味がないのだ。
 タオルで手を拭きながら時計を見れば針は7時57分を指していた。
「帝人! 占い始まるぞー」
「テレビつけといてください! 直ぐに行きますからー!」
「了解」
 言われた通りテレビをつけて、チャンネルを合わせた。アナウンサーが流行りの商品を紹介している。今日はスイーツの特集のようだ。
 思えば朝食を摂るのも占いを見るのも、帝人と暮らし始めてからの習慣だ。こうやって少しずつ生活が変わっていく。それはひどく不思議で、けれど決して不快なものではない。
「ま、間に合った…」
 ぼんやりとテレビを見ていると慌てた様子で帝人がやって来た。見計らったように占いが始まる。
 占いはよくある星座占いだ。ざっくり12分割して占った運勢にどんな効力があるのか甚だ疑問ではあるのだが、話のネタぐらいにはなるので良しとする。それに。
「やった! 牡牛座1位ですよっ」
「良かったな」
「でも乙女座は8位ですね」
「また微妙な…」
 一喜一憂する帝人を見るのも悪くない。
「ラッキーアイテムは青いキーホルダーか。…あ!」
 乙女座のラッキーアイテムがどうかしたのだろうか。立ち上がって玄関に続く廊下に消えた帝人は直ぐに戻ってきた。
「はい、これ」
 そう言って差し出されたものは帝人が使っているこの家の鍵だった。京平は意味が分からず鍵を見たまま首を傾げた。
「青いキーホルダー」
 帝人が嬉しげに言った。受け取った鍵には確かに青いキーホルダーがついている。それは京平のそれにもついていて、自分のものは緑色。つまり色違いだが。
「今日は僕の使ってください。今日だけ交換です」
 帝人のもうひとつの手が、京平の鍵を揺らしていた。キーホルダーにつけられた小さな鈴がチリと鳴る。
「……ありがとな」
「どういたしまして。ってもうこんな時間! それじゃあ行ってきますね!」
 テレビに表示されている時間を目にした帝人が慌てて鞄を掴み、玄関へと走って行く。
 京平はその後ろをゆっくりと追いかける。玄関に着く頃には、靴を履いた帝人がドアを開けていた。その背中に声をかける。
「気をつけてな」
「はい、いってきます」
「いってらっしゃい」
 ドアが閉まるまで見送って、京平は部屋へと戻る。自分も用意をしなくては。手に残った鍵を握りしめた。




(幸せの鍵は君だったりする)



* * * * *
リクエストをいただきました同棲門帝でした!
いや、なんかよく分からないんですけど、とにかく京平さんは帝人がいれば幸せなんだよって話です。それだけです(笑)
リクエストしてくださった藍紺様、ありがとうございました!


2011/01/03


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