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 帝人が幽と初めて会ったのは、静雄と話をしている時だった。
 2人きりで会って話す程には仲良くなっていたけれど、話すというよりは2人並んでぼんやりしていることが多かったと思う。
 そこに突然現れた『羽島幽平』に、見たこともないくらい優しい顔を浮かべた静雄に驚いたことを覚えている。状況を理解できず1人ポカンとしていた帝人に、「俺の弟だ」と言葉少なに紹介した静雄の顔は嬉しそうで照れ臭そうで、弟が好きなんだと簡単に予想できた。
 簡単な自己紹介をした後、羽島さんと呼ぶ自分に幽でいいと言った彼は、テレビと同様やはり無表情だった。表情がないと人形のようで怖いと感じることが多い帝人だが、静雄のおかげか幽のことは優しそうな人だと思った。
 知り合いの弟。
 言ってしまえば、それだけの関係だ。たまたま帝人の知り合いに静雄がいて、その弟はたまたま有名な芸能人だった。会えば挨拶を交わすが特に仲が良いわけでもなく、会ったのは静雄を介して何度か。
 本当に、ただの知り合いだ。
 帝人はその事実に押し潰されそうになる。
「帝人君?」
 掛けられた声にはっと顔を上げた。こちらをじっと見つめる瞳は、心配の色を浮かべていても何処か優しい。どうしたのかと口ではなく目で訴えかけている。
「あ、えと…、何でもないです」
「そう。…ほら、早く食べないと冷めるよ」
 まさか本当のことを言うわけにもいかず帝人はへにゃりと笑ったが、それがきっと情けない笑顔なのは帝人自身よく分かっていた。
 その証拠に、幽は帝人に気をつかって直ぐに話題を変えた。申し訳ないと思いつつ、そんなさりげない優しさを持つ彼に嬉しくなる。
 目の前には幽が用意した料理があった。真っ白なご飯はいかにも炊きたてできちんと粒が立っているし、味噌汁も具沢山で味噌のいい香りがする。綺麗に焼けた焼き魚もそっと添えられた煮物も、机に並ぶどれもが美味しそうだ。どうやら彼は料理すら完璧らしい。
「わぁ、スゴいですね!」
 普段カップラーメンで済ませてしまいがちな夕飯に慣れきった帝人にとって、久しぶりに見た家庭的な料理だった。
「あるもので作ったから大したものじゃなくて、ごめんね」
「いえ、とっても美味しそうです。それに急に押し掛けたのは僕ですから」
「強引に連れて来たのは俺だし、帝人君が気にする必要はないよ」
 帝人は苦笑する。
 幽の言う通り、約束していたわけではない。偶然街で会って、話の流れで幽の誘いに乗った。
 一緒にご飯でもというその言葉に、適当な店に入るのだと思っていた帝人は、黙って幽の後に着いていった。しかし、たどり着いた先は幽のマンションだった。まさか家に招かれるとは思わず尻込みしたのだが、ここまで来て帰るのも失礼だと思い直しお邪魔することにした。
 初めて入った幽の部屋は、一言で言うならディスプレイのようだった。シンプルな家具は洗練されたデザインで、しかし、どれも使い勝手が良さそうに見える。見えるだけで帝人にはその良さなど一見しただけでは分からないのだが、少なくとも自分の家にあるような家具とはかかっている金額が違うのは確かだ。
「いただきます」
 ぼんやり部屋を眺めていた帝人は、幽の声に慌てて自分も手を合わせた。箸を持って味噌汁に手を伸ばす。くるくると掻き回せば沈殿していた味噌や具がふわりと浮かぶ。
 ふと視線を感じて顔を上げると、幽がじっとこちらを見ていた。どうやら味の感想が欲しいらしい。案外可愛らしいところもあるものだと帝人はくすりと笑った。幽の視線に気付かないふりをして、味噌汁を見る。
 少しは冷めただろうか。熱い方が美味しいのだろうが、熱すぎると味が分からない。猫舌の自分を恨みながら、そろそろと味噌汁に口をつけた。
「美味しいですね。なんだかほっとします」
 幽が目で笑う。それに笑って応え、他の料理に箸を伸ばした。帝人の箸が進んでいるのを確認し、幽も食事を始めた。
 食事中にほとんど会話はなかった。兄弟だからだろうか。静雄も無口だが、幽も相当無口だ。けれど嫌な沈黙ではない。
 目を見ていれば、なんとなく彼の考えていることが分かるような気がする。目は口ほどに物を言うと言うが、まさしくそれだ。
 彼の瞳に惹かれるのだと思う。空気のような自然さでその瞳に見つめられるとどういう訳か反らすことが難しい。小さな緊張と大きな安心に包まれているような、妙な気分になる。
「帝人君」
「は、はい!」
 名前を呼ばれて気付いた。ずっと見つめあったままだった。急に恥ずかしくなった帝人は慌てて、何か誤魔化せるものがないか探すが、食事も終わり食器も片付いたテーブルには何もない。
 更にあたふたしだす帝人に、ひどく落ち着いた声が届く。
「帝人君、時間大丈夫?」
「え…?」
 時計を見れば22時を過ぎたところだ。
「すいません! 遅くまでお邪魔しちゃって、そろそろ帰りますね」
 慌てて立ち上がり帰り支度を始めた帝人を、幽の手が引き留める。
「泊まっていけばいいよ」
「いや、でも……」
「こんな時間に外に出たら危ない」
「……」
「俺に遠慮しなくていいから」
「……はい」
 結局、帝人が折れた。
「よかった。俺、まだ帝人君と話がしたかったんだ」
 幽さんは優しい人だなぁ。
 ニコリと笑った幽にへにゃりと笑いかけた帝人は、よろしくお願いしますと頭を下げた。



めてのお泊まり

(結局、何もなかったけどね)



* * * * *
リクエストは「隠れ肉食系な幽に襲われる草食系な帝人」でした!
すいません、肉食系な幽になりませんでした…。優しく見えて策士な幽にしたかったんですけどね。帝人もただの鈍感ちゃんに。っていうか、襲ってねぇよ!あれ、おかしいなぁ…(汗)
と、とりあえず、リクエストありがとうございました!


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