drrr!! | ナノ

 暇さえあれば、つるむ仲間がいる。呼び出しているわけでもないし、約束があるわけでもない。ただ居心地がいいから一緒にいるような、そんな仲間。
 黒いワゴンの助手席に座っている京平にとって、車の持ち主である渡草がそうだ。運転席でハンドルを握り閉める彼は、自分の車と聖辺ルリ以外に興味がないらしい。後部座席に座っている2人も気の置けない仲間には違いないが、やはり付き合ってきた長さで考えると彼には及ばないだろう。
 ふと、京平は車内がやけに静かなことに気づいた。いつもなら後ろに座る2人が、あのアニメがどうの、この主人公がああだの、その本はこうだのと彼らにしか分からないような話を大声でした挙句、騒音と言っても過言ではない音量で議論を展開する。折を見て渡草が声を掛けるのだが、そんなことでオタク2人の議論が終わるはずもなく、結果京平が怒鳴ることで事態は収束に向かう。一旦は静かになった車内はしかし、数十分もしないうちに、また騒がしくなる。何度も何度も同じことを繰り返すのだ。新しい興味が外の世界で見つかるまで、何度でも。
 それがこのワゴンでの日常だ。
 不思議に思いルームミラーを見た京平の目に映ったのは、黙々と本を読む遊馬崎とイヤホンをつけ携帯ゲーム機のディスプレイにかじりついている狩沢の姿だった。道理で静かなはずだと、京平は納得し視線を戻す。
 車内が静かなのは、単純に音がないせいだ。いつも煩いオタク達のせいで、音楽やラジオを流すという習慣がない。習慣がなければ、それに気づくことも少ない。だから静かだということに、京平は気がつかない。例え音楽を流していたとしても、流れる曲は聖辺ルリ以外に考えられないが。
 その後もワゴンは何も言わず、池袋の街を走り続けた。街が煌びやかであればあるほど、その隙間を縫うように走る闇が深くなる。道行く人の顔が車窓から見えるはずもないが、京平には皆が皆疲れきって見えた。或(ある)いは、身体を蝕む疲れを隠そうともせず背を丸めて歩くサラリーマン風の男。或いは、それをひた隠しに笑顔を貼り付け夜の街へと誘(いざな)う女。或いは、感情が抜け落ちてしまったように表情のない学生。或いは。或いは。或いは……。
「そう言えばさぁ、ドタチン」
「……あ?」
 完全に意識を外へ飛ばしていた京平は、後ろから聞こえた、聞き慣れたはずの声が、目の前を通り過ぎたOLの発したものだと勘違いした。すぐさまその考えを否定し、ゲームをしていたはずの狩沢へ集中する。
「今日はみかプーに会わないのー?」
 その言葉に恋人の姿を思い浮かべる。どうしてみかプーと呼ばれているのか知らないが、竜ヶ峰帝人は名前やあだ名に反し普通で、真面目な人間だ。みかプーを可愛いあだ名だと受け取れば、その点においてだけは前言を撤回してもいいかもしれない。何が言いたいかというと、帝人はつい先日京平の恋人になった少年だ。京平自身も何故付き合うことになったのか分からない。ただお互いに好意を寄せていたのは紛れもない事実だった。
「あいつはテストの勉強が忙しいんだと。だから会えんのは来週だな」
「テスト! すごく懐かしい気がするっスよ」
「そうなんだ。じゃあ寂しいわねー。せっかく恋人同士になれたのに、そこにいきなりテストだなんて」
 口々にそう言って、京平のシートに引っ付くように距離を詰める2人。それぞれの手に、先ほどまで握られていた本とゲーム機はなかった。
 何故だか知らないが、どうやらこちらへ興味が移ったことだけは理解した。京平はそっと溜息を吐く。
「1週間くらい我慢できるだろ」
「えー、でも付き合い始めだよ? 蜜月だよ?」
「蜜月ってなぁ」
「何言ってんスか門田さん! 今が一番楽しい時期じゃないですか」
 男同士で付き合うことをあっさり受け入れただけあって、2人のノリは男女の恋人同士や新婚さんを囃すものとなんら変わりない。それを嬉しく思うも気恥ずかしさが勝り、京平はぶっきらぼうになる。
「いいんだよ。寝る前に電話してるし」
「え、何それ。おやすみコール? どんな話するの?」
「今日あったことの報告とか、な」
「なんだ。門田さんも意外に楽しんでるんじゃないっスか」
「うるせぇ」
 いくら京平が邪険に扱っても、2人は簡単に諦めない。それどころか京平が律儀に答えるせいで、ますますエスカーレトしていく。
「ねぇねぇ他は? 他に何かしてないの?」
「……別に、普通だろ」
「えぇ、怪しいなぁ。ねぇ遊馬っちー」
「確かに。別に隠すようなことじゃないんですから、さらっと言っちゃってくださいよ!」
 こいつら、俺で遊びたいだけだろう……。京平はぐっと押し黙る。ニヤニヤと笑っている2人の顔が簡単に想像できるのが悲しい。
「お前らが面白がるようなこたぁ何もねぇよ。朝起きたらおはようってメール入れて、昼に弁当の写真が送られてきて、学校終わったらあいつを家まで送って、後は……」
 こうなれば話してしまった方が楽だろうと朝からしていることを数えていく京平。他に何があっただろうかと考えていると、先ほどまでニヤニヤと笑っていた遊馬崎がげんなりと項垂れた。
「……そんなにさらっと言われちゃうと、なんか楽しくないっス。もうちょっと照れるとか嫌がるとか……」
「あ? 照れるも何も、だから普通だって言ってんだろ。面白いことなんざ何もしてねぇんだから」
 2人の会話は微妙に噛み合っていない。しかし、話せ話せと急かしたくせに文句を言われる筋合いはないと、京平は機嫌を損ねた。
「そんなことより!」
 幾分テンションの下がった男2人の間に狩沢が割って入る。その瞳はきらきらと輝いていた。
「ねぇ、ドタチン。それって毎日?」
「? あぁ」
「そっかそっか。だから最近携帯気にしてたんだねー」
 言われてどきりとした。自分はそんなに携帯を気にしていただろうか。
「で?」
「何だよ」
「後は、ってまだ何かあるんでしょ?」
「……あぁ」
 考えている途中で邪魔をされたせいで何を言うつもりだったか忘れてしまった。しかし後ろから感じる期待を孕んだ視線が、それを告げることを阻む。
 興味を失くした遊馬崎は元の場所へ戻り、その場所を埋めるように狩沢が詰め寄った。
「あー、後は……、帝人が家に来た時は飯作ってくれる」
「へぇ、美味しい?」
「そりゃな」
「いいなぁ。あたしもみかプーの手作りご飯食べたい!」
「絶対やらねぇぞ」
「いいじゃん。ドタチンのケチー」
「……いい加減、そのドタチンっての止めろ」
「でもご飯は王道だよねー。他に何かないの?」
 何を言っても仕方ないと諦めた京平は、請われるがままにぽつぽつと話し出す。
 それまでずっと黙っていた渡草が、嘆息しながら呟いた。
「……蜜月ってのも、あながち間違ってねぇな」




(それじゃあただの惚気話だってことに)



* * * * *
「門帝でワゴン組に無自覚にノロケる門田」のリクエストでした。
無自覚っていうかノロケだと思ってない京平さんと、誘導尋問(?)が上手い狩沢姉さん。多分いつものこと過ぎて、それが恥ずかしいこととは思わないんだろうなぁ、と。渡草さんが大人だった(笑)
リクエストありがとうございました!


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