drrr!! | ナノ

※無機物擬人化注意。
 酸素静雄×鉄帝人で酸化防止剤的な話!






 ここには僕ら2人しかいない。彼と小さな世界が僕の全てだ。
 僕は彼を守るためにいるらしい。いつだか彼は楽しげに笑って言ったのだ。
「帝人くんはね、酸化防止剤って言って早い話が鉄なんだけど。僕ら食品を酸素から守るためにここにいるんだよ」
 鉄。それが僕らしい。らしい、というのは、僕がそれを確かめる術を持たないからだ。
「僕に、出来るんでしょうか。臨也さんを、酸素から守るだなんて、そんなこと」
 それが唯一、僕が不安に思うこと。
 臨也さんより小柄で薄弱な僕が、酸素を止めることが出来るのか。それだけが心配だった。
 俯く僕の顎に、臨也さんの少し細くてすらりと長い指が触れる。その指に導かれるまま顔を上げれば、綺麗な顔が案外近くにあって驚いた。
「大丈夫だよ」
 優しく優しく言われて、あぁ大丈夫なんだと漠然と安心したのだ。
 あの時、僕の世界は僕と彼の2人だけで、彼は僕にいろんなことを教えてくれた。僕自身のこと、僕の仕事、僕の存在理由。全ては臨也さんから知ったもので、僕の全ては臨也さんだった。知らなかったんだ、僕がここに来るまでのことなんて、何も。

 ある日、臨也さんが酸素について話してくれたことがあった。
 彼は本当にその酸素が嫌いなようで綺麗な顔をぐしゃぐしゃに歪めて、それでも知りたいとせがむ僕のために話してくれた。
「平和島静雄、それが奴の名前だ」
「へいわじま、しずお」
「シズちゃんはね、とっても乱暴者なんだよ。俺を見つけるや否や色んなものを投げつけてさ、殺す殺すって喚きたてるんだ」
「……怖いですね」
「本当にね。異常なまでに強くって逃げるだけでも苦労するよ。それにしつこいし」
「強いんですか? どれくらい?」
「さぁどうだろう。最強なんて言われてるみたいだけど。まぁ俺に言わせればあれはバケモノだよ、バケモノ」
 彼がバケモノと呼ぶその人を止めるなんて、無理ではないだろうか。僕はますます不安になった。
「なぁに、心配することはない。あれは自分に害のないヤツに力を行使したりしないから。嫌になるよ、バケモノはバケモノらしく分別なく暴れてればいいのに」
「?」
「普段のシズちゃんはね、馬鹿みたいに好青年なんだよ。真面目に働くし、年下に好かれるし。危ないのはキレた時だけ。それがますます気に入らない」
「変わった人なんですね」
「まぁ沸点が低いから危険な存在であることは変わらないけれど」
 その日から僕の世界は僕と彼と静雄さんになった。
 すごく強くて、だけど真面目で。年下に好かれるということはきっと優しくて面倒見の良いお兄さんなんだろう。怒ると怖い、不思議な人。
 それが僕の知る静雄さん。臨也さんが嫌いな静雄さん。臨也さんには悪いけど、僕は静雄さんに会いたくなった。最強と恐れられる彼に手をかけられるなら、それもいいかもしれない。
 初めて静雄さんの話をした時から、彼は時折酸素がいかに悪いヤツなのかと気に食わないヤツなのかということを話すようになった。明るい金髪に何故だかバーテン服を来た180cmを超える痩身であることを新しく知った。僕はますます会いたくなった。
 静雄さんはいつの間にか、僕の救世主になった。退屈なだけの世界を壊してくれる、たった1つの希望だった。臨也さんの話は面白いけれどいつも話してくれる訳じゃないし、僕は小さな世界に息苦しささえ感じていたのだ。

 そしてついに、あの人がやって来た。
 僕と彼だけだった世界に光が差して、いろんなものが入ってくる。ずっと同じ色だった世界が鮮やかに色付いて、キラキラと光だす。
 チカチカする視界の中に、一際目立つ色を見つけた。――あの人だ。僕は直感的にそう思った。その色をよく見れば、以前彼から聞いた特徴にぴったり当てはまる。僕は歓喜に震えた。そして、少し怖くなった。
「いーざーやくーん。こそこそこそこそ隠れやがって、探すのに手間取ったじゃねぇか。あぁ?」
「久しぶりだねぇシズちゃん。こんなところまで追い掛けてこなくてもよかったのに」
「うるせぇ! とっとと死ねノミ蟲! 食えねぇようにしてやるから、大人しく殺されろ」
「あははっ! 死ねって言われて、はい分かりましたなんて言うと思ってるの?」
 ただただ言葉のキャッチボールが怖かった。成立しているのかいないのか分からないが、彼らのボールは全て暴投なのだ。
 ギリギリと彼を睨み付けていた静雄さんが先に動いた。それを見た臨也さんが逃げる――僕の方へ。
「え? い、臨也さん、こっちに来ないでくださいよ…!」
「何言ってるの帝人くん。あれを止めるのが君の仕事だろ?」
「とっ、止めるってどうやってですか!?」
「さぁ? 俺は鉄じゃないから分からないなぁ」
「そんなぁー!」
「逃げんじゃねぇ…!」
 臨也さんの言っていることが正論なだけに、言い返すこともできない。わたわたとどうすればいいのか考えても良い案は思い浮かばなかった。
 そうこうしているうちに臨也さんは僕の後ろに隠れてしまって、目の前が静雄さんでいっぱいになった。
 な、なんとかしなくちゃ!
「う、あ、…っあの!」
「あ?」
 立ち止まった静雄さんと目が合った。初めて僕の存在を知ったようで目を丸くしている。…それ、地味に傷つきます。
「……もしかしてお前、鉄か?」
「え、はっはい! 僕、鉄で竜ヶ峰帝人って言います!」
 驚いた。どうして静雄さんは僕のことを知ってるんだろう。
「あー、俺の邪魔するヤツがいるってのは聞いてたがまさかこんな子供だとは思わなかったな……」
 呟くようにそう言うと静雄さんは困ったとばかり頭を掻いた。どうやら子供に手を出すのは憚られるようだ。想像していたとおり、優しい人だ。
「竜ヶ峰だったか?」
「は、はい」
 いけないぼーっとしてた。
 ピントをしっかり合わせれば真剣な顔をした静雄さんがいる。
「とりあえず俺は臨也の野郎を始末してくるから、お前ちょっと待ってろ。な?」
「は、はい」
「よし。じゃあ行ってくる。ちゃんと待ってろよ」
 ぽすりと僕の頭をひと撫でして静雄さんは行ってしまった。
 あ、僕静雄さんの邪魔をしなきゃいけなかったんじゃ…?
 自分の仕事を思い出して慌てて振り返るが、そこに臨也さんの姿はない。遠くで臨也さんを探す声が聞こえるということは、うまく逃げられたんだろうか。
 …まぁ足止めくらいは出来たし、いいか。
 そう結論付けて僕は考えることを止めた。なんとなく頬が熱いのは今は考えない。理由は多分、もうすぐ分かるだろうから。
「早く来ないかなぁ、静雄さん」
 小さな声は、虚空に消えた。


 しばらくすると不貞腐れた様子の静雄さんがやって来た。どうやら臨也さんは逃げきれたらしい。臨也さんは逃げ足が早い、初めて知った新事実。あれだけ一緒に居ても知らないことはあるみたいだ。
「お帰りなさい」
「……おう、待たせて悪かったな」
 にこりと笑って言えば静雄が身動ぎした。けれどすぐにはにかんで返事をくれた。思ってたより可愛いのかもしれない。そう思った瞬間、心臓が跳ねた。
「お前、これからどうすんだ?」
「え…?」
「仕事終わったんだろ」
 言われてからづいた。臨也さんを守ることが僕の存在理由で、臨也さんがいなくなったら僕はここにいる意味がない。けれど、不思議と悲しくはなかった。
「どうしましょうか」
「……は?」
「考えたこと、ありませんでした。この後のこと」
 あっけらかんとした僕に驚いたのか、静雄さんは口を開けたまま固まってしまった。
 てっきり死んじゃうものだと思ってたから。それは言わないでおこう。もっと困らせてしまいそうだ。
 酸化防止剤というのはつまり、食品より先に酸化して酸素を捕まえることが仕事で。酸化されることが死ぬことだと思っていたから。食品と鉄では、同じ酸化でも違うということだろうか。
「あー、何だ。それじゃあ何処かに行く予定も、したいこともないのか?」
「……そうですね。外のことを何も知らないので、見てみたいです」
「そうか」
 静雄さんが何かを考え出して、僕はこっそりと彼を眺めた。何を考えているのか分からないが随分悩んでいる。相変わらずキラキラ光る金髪がキレイだ。
 だから思わず口が動いた。
「静雄さんは、一目惚れってあると思いますか?」
「一目惚れ? よく分かんねぇけど、あるんじゃないか」
 急にどうしたのかと首を傾げながらそれでもきっちり答えてくれる。僕はへらっと笑った。ドキドキしすぎて心臓が痛い。
「正確には一目惚れじゃないんですけど、静雄さんが好きです」
「……なっ!?」
「好きなんですっ」
 こうなったらヤケだ。
 僕に負けないくらい顔を真っ赤にした静雄さんが、大きな手でサングラスをかけ直しながらずるずるとしゃがみこんだ。
「し、静雄さんっ? どうしたんですか、どこか痛むんですか?」
 慌てた僕は、同じようにしゃがんで顔を覗きこむ。それでも視線は合わない。
「……れ、も」
「え、何ですか?」
「俺も、好きだ」
 初めて、目が合ったかもしれない。サングラス越しに、少し薄い色をした瞳とぶつかった。治まっていたはずの鼓動がまた音をたて始める。
「あ、あの…」
「なぁ俺と一緒に来いよ」
 コツンと額と額が合わせられた。顔が近くて考えがまとまらない。臨也さんと顔が近くても驚くだけだったのに。触れた場所が発熱してるみたいに熱い。
「なぁ、……帝人」
「っ、はい」
 思わず肩が跳ねた。反らしたいのに外れない視線も、低く掠れた声が呼ぶ自分の名前も、僕のキャパシティを超えさせるには充分で。ただ、彼が求めるままに答えざるを得ない。
「俺と一緒に来るだろ?」
「…はい」
「良かった」
 静雄さんがにっこり子供みたいに笑った。僕はさっきからドキドキしっぱなしでそろそろ苦しい。
「よし、じゃあ行くか」
「う、わ…っ!」
 そう言って軽々と僕を抱き上げた静雄さんはそのまま来た道をたどり始めた。まるで抱っこされているようだ。落ちないように首に抱きついて、僕は今まで過ごしてきた場所が遠ざかるのを見ながらこれからのことに胸を馳せたのだ。




(胸を焦がすトキメキエネルギー)



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リクエストしていただきました、静帝パラレルでした!
誰か「バッカじゃないの!」と罵ってください。しかし悔いはありません←

2011/01/06


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