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「お待たせしました。次、行きましょうか」
 小さなビルの階段を降りる足音と共に、高く柔らかい声がした。静雄はくわえていた煙草を携帯灰皿へ押し込み、彼が降りてくるのを待つ。
「……次は?」
「すぐそこです。家出少女の行方を教えて欲しいって親御さんから、僕は探偵じゃないんですけどね」
「そうっスか」
 簡単に言葉を交わして、ビルから出てきた彼が歩き出した。静雄はその一歩後ろをついて行く。
 静雄の前を歩くのは、池袋を根城に情報屋をしている竜ヶ峰帝人だ。シワ1つない白いシャツの上に黒のベストを羽織り、黒いスラックスを履いている。静雄と似たような格好をした帝人は、黒いネクタイをしていることとサングラスがないこと以外まったく同じ姿だ。このバーテン服は2人の仕事着である。
 彼は、大学生でありながらその筋では有名な人物だった。臨也と違い、暴力団関係者と手を組んでいるわけではないが、情報の量と質に関しては臨也にも引けをとらないと評判である。
 情報屋の仕事は甘いものばかりではない。しかし帝人は見た目通り力も弱く、肉体的な喧嘩はしたことがないというお墨付きで。そんな彼を守るべく、静雄は用心棒として行動を共にしていた。
 家出少女の親が依頼人なら、今回の仕事は危険なものではないだろう。ただし、その少女が要らぬ事件に巻き込まれていなければの話だが。
 静雄は目の前を歩く小さな頭を見下ろした。柔らかそうな癖毛が所々で跳ねている。白いうなじが見え隠れして、肩の狭さや身体の細さ、薄さが一目で分かるほどだ。自分が少し力を入れれば、簡単に折れてしまいそうなまでに。
「どうして……」
 どうしてこの人は、情報屋なんてしてるのだろうか。
 ふと思い付いた疑問は、あまりにも単純で、今更で、それでいてひどくナンセンスなものだった。それ故にその全てが静雄の口から語られることもなく、口の中で消えていく。
「……え? 何か言いました?」
 前を歩いていた帝人には、短く小さな言葉が伝わったらしく、振り返った。真ん丸の大きな目が、しっかりと静雄を捉える。
 逃げられない。鋭いわけではない彼の視線には、有無を言わせない強さがある。
 帝人は頭を使った喧嘩が得意だった。駆け引きや言葉遊びを駆使し、時に純粋なその瞳で相手を翻弄する。
 それは静雄が最も嫌う手段であり、最も苦手な行為でもある。そして彼と職を同じくする臨也を、静雄が嫌う理由だ。
 静雄の考えはとてもシンプルだ。気に入るか、気に入らないか。何時だって何だって、そのどちらかしかない。
 臨也は会った瞬間から気に入らなかった。帝人は、どうだっただろう。
「……どうしてあんたは、俺に敬語を使うんですか」
 静雄は嘘をついたわけではない。それは確かに何ヵ月も前から考えていたことだった。だからすんなりと言葉にすることができたのだ。
 帝人はきょとんとする。
「だって、静雄さんは年上ですし」
「帝人さんは雇い主でしょう」
「静雄さんだって敬語じゃないですか」
「まぁ帝人さんは俺の上司っスから」
 数瞬後に、帝人が笑い出した。
「変な静雄さん」
 帝人はクスクスと笑い続けるが、静雄は何も面白くない。何故自分が笑われなければならないのか。気分が急降下していく。
 帝人に隠すことなく舌打ちした静雄は、煙草を出そうとポケットを探った。
「何か問題ありますか?」
「あ?」
「敬語、嫌ですか?」
 一歩前を歩いていたいた帝人の声が隣からした。横に並んだらしい。じっと前を見つめながら、帝人はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……別に」
「ならいいじゃないですか」
 目が合う。咄嗟に煙草をくわえて、視線を反らした。
「敬語に理由はありませんけど、年上の人にはそれなりの敬意を払うのが普通だと思うので」
「そうか」
「静雄さんがどうしても敬語が嫌だっていうなら止めますよ。静雄さんも止めるという条件付きで」
 静雄の顔を覗き込んだ帝人が、悪戯っぽく笑った。静雄が反応できずにいると、帝人は何も言わず静雄の一歩前を歩き出す。
「静雄さん、歩き煙草はダメですよ」
「……分かってます」
 だから煙草をくわえたまま、帝人の後ろを歩くのだ。
 あぁ、そうか。静雄は唐突に理解した。
 人を喰ったような帝人の行動が好きではなかった。だが、彼の考え抜かれた奔放さや身に付いた礼儀、何処までも真っ直ぐな純粋さが好きなのだ。
 自分は、彼が嫌いじゃない。だから用心棒なんて、自分の意に反した職業だって続けることができる。
 静雄は前を歩く帝人を見た。その背中はやはり小さく頼りないが、それを補うのが自分なのだ。
「帝人さん、話し方は暫くそのままでお願いします」
「そうですか? 残念です」
 暫くは今のままでいいと思う。先を急ぐ必要はない。



手を伸ばせばがいる

(敬語も距離も、いつかは、きっと)



* * * * *
リクエストは「帝人が静雄の上司パロ」でした。
仲間以上恋人未満な感じ。なんか久しぶりにすらすら書けた気がします。こういう曖昧なのが好きだなぁ(笑)
リクエストありがとうございました!


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