drrr!! | ナノ

 帝人は電柱に凭れていた。
 ここに来てからずっと途切れることなく続く人の波を眺めていたが、暇を持て余した帝人はポケットの中で握り締めていた携帯を取り出した。
 14時20分。
 ディスプレイはそれだけを告げ、沈黙を貫く。
 20分の遅刻だ。帝人は多少苛つきながら、それでも苦笑を浮かべた。
 仕方ないんだから、まったく。
 ふと視線を感じて顔を上げると、すっかり見慣れてしまった青年が手を振っていた。器用に人を避けながら、青年――折原臨也が近づいてくる。
「やぁ帝人君。こんなところでどうしたの?」
 人を喰ったような笑みを浮かべている彼に言ってやりたい。その言葉をそのまま返す、と。
 池袋のど真ん中でよく堂々としていられるものだとある意味感心しながら、それを感じさせないにこやかな笑みを浮かべ、帝人は臨也に答える。
「待ち合わせしてるんですけどまだ来なくて。1人で待ちぼうけです」
「そう大変だね」
「臨也さんは、どうして池袋に?」
 帝人が真っ直ぐに臨也を見つめる。その黒に自分の姿が映っていることに満足し、臨也は笑みをこくした。
「俺はこっちの仕事のついでに、帝人君に会いに来たんだよ」
「……真面目に仕事したらどうですか」
「いいの。情報屋は趣味だからね」
 臨也が綺麗に笑う。こんな時、顔だけはいいのだと改めて思うが、それにしても依頼人が不憫ではないだろうか。
 こんな大人になりたくない。頭を抱えたくなった帝人だが、溜息を吐くことでなんとか抑えた。
 それにしてもまずい。目の前に佇む彼は、自分に会いに来たと言った。つまり、暫くここから離れないということだろう。
 困ったなぁ。
 何やら話し掛けてくる臨也に軽く相づちを打ちながら、帝人はぼんやりと考える。
 単純に、臨也は目立つ。それに彼に好意的でない人間も少なからずいるのだ。
 例えば。今、帝人の視界に入った金髪の青年。
 鈍い金属音がした瞬間、目の前を自販機が通りすぎた。臨也を連れて、突き当たりのビルへ衝突する。
 ひどく危険な行為だが、周りにいた人間はあらかじめ避けていたようで、被害にあったのは臨也だけだった。
 ……すごい。
 気持ちが高揚するのが分かる。何度でも、その圧倒的な力は帝人を魅了して止まない。
 帝人は少し頬を紅潮させ自販機を投げ飛ばした人物へ視線を移す。
「静雄さん!」
「あぁ? ……竜ヶ峰か」
 とどめを刺そうと臨也へ近づいていた静雄は、それを阻む声の主を睨み付けるが、帝人だと分かるとすっと苛立ちを収め進路を変えた。
「こんにちは」
「おぅ、何してたんだ?」
 臨也さんと同じこと聞くんだ。帝人は苦笑した。
 街中で意図せず知り合いに会えば、誰でも似たようなことを聞くに違いない。しかし、顔を合わせれば喧嘩ばかりの2人が、同じ場所で、同じ人物に、同じことを聞くなんて。なんの因果だろうか。
 静雄さんには絶対言えないなぁ。
 自己嫌悪か、更なる苛立ちか。静雄に起こるであろう気持ちは帝人には分からないが、それでもよくないものであることは確かだ。
 静雄の様子から暴れる可能性は低いと判断したのか、遠巻きにしつつも人の流れが動き始めた。
「ま、待ち合わせ中なんですっ」
 サングラス越しに先を促す視線を感じて、慌てて声をあげる。静雄はそうか、と一言呟いて、いつものように帝人の頭を撫でた。
 大きな手でわしゃわしゃと髪をかき混ぜられるのは、子供に戻ったような感覚がしてくすぐったい。これが不器用な彼なりのスキンシップなのだ。
 しかしそれも、度を越えると天災に近い。
「ちょっ、髪ボサボサに……!」
「おー、悪いな」
「……悪いと思ってないですよね?」
「んなことねぇよ」
 乱れた髪を戻しながら帝人はじとりと静雄を睨む。静雄は苦笑し、ぽんぽんと帝人の頭を撫でた。
 それがまた子供扱いされているようで帝人は気に入らない。頬を膨らませたが、それこそ子供っぽいと思い直して止めた。
 それを見て静雄が笑う。まったくこの子供は、どこまで可愛いのだろう。これだから頭を撫でたくなるのだとは、決して言わないが。
「……シズちゃんさぁ、人に自販機ぶつけといて、何楽しそうに帝人君と話してるの?」
 じゃれるようにして話していた2人に横から割って入る声がした。それに触発された静雄がキレる。
「あぁ? 俺が何してようと俺の勝手だろうが。手前こそ、何でまだ起き上がってこれんだよ。普通死ぬだろ」
「シズちゃんに普通を語って欲しくないね。っていうか、帝人君返してよ」
 俺が先に話してたんだから、とポーカーフェイスも忘れ臨也が言う。帝人へと伸びた手が、静雄によって弾き落とされた。
「返すも何もよぉ、今は俺と喋ってんだから、手前は邪魔すんじゃねぇ」
 一触即発とはまさにこういうことを言うのだろう。お互いに睨み合い、牽制に牽制を重ねている。静雄からギリギリと歯を鳴らす音がし、一方で臨也の表情はいつになく無表情でただただ冷たい。
 2人の間に挟まれた帝人は、どうすることもできずにおろおろと事の成り行きを見守るしかなかった。
「大体さぁ、何でいつもいつも俺が帝人君に会いに来たらシズちゃんが邪魔するの? もしかして帝人君のストーカーなんじゃない?」
「もしかしなくても、ストーカーは手前だろうが。元はと言えば手前が池袋に来なけりゃ済む話だろ。だから死ね」
「あーあー、これだから言葉や理屈が通じない相手は嫌なんだ。もう一回小学生からやり直したら、シズちゃん」
「手前は幼稚園からやり直せ。その歪んだ性格が治るかもしれねぇぞ」
 何処の小学生の喧嘩だ。帝人はがくりと肩を落とす。火花散らしている2人は真面目にこのやり取りをしているのだから、胃が痛くなる。
 流れ始めた人の波もいつの間にか止まり、3人を囲むようにして人垣ができていた。
 確かに、この2人に巻き込まれたらただじゃ済まないどころか、冗談でなくトラウマものだ。それに見ているだけなら惚れ惚れする。常軌を逸した、2人の喧嘩は。
 それを誰よりも理解している帝人は、逃げずに見物している周りの人間たちが羨ましくて仕方なかった。
 巻き込まれるのは嫌なんだけど。
 帝人は思わず苦笑した。まさか自分がこんなに歪んでいるなんて思いもしなかった。
 バキッと凄まじい音を立てて、静雄が近くにあった標識を手折る。視界の端で何かがキラリと光るのが見えた。
 いよいよここも危険だ。分かっていても、身体が動かない。2人が動き出したのが、スローモーションのようにゆっくりと目の前に映し出されている。帝人はぼんやりとその場で立ち尽くしていた。
 幸いなことに、帝人がいることで加減をしているのか、とばっちりを受けることはなかったが、ここが安全だという保証は何処にもない。
 瞬間、帝人の口元が弧を描く。自分は今、日常と非日常の狭間、危うい境界線に立っているのだ。そう思うと身体中が粟立つのが分かった。
 その時、不意に後ろから腕を引かれ、帝人はバランスを崩した。声をあげる間もなく後ろへと倒れていく。
 このまま地面にぶつかるのかな、それって痛いよね。訪れる筈の痛みを堪えるべく、ぎゅっと目を瞑った帝人は、しかしぽすりと何かに支えられた。
「大丈夫か?」
 恐る恐る開けた目を開いた先では、激しい攻防が繰り広げられていた。声がした方へ目を向けると、ニット帽から覗く優しい瞳を見つける。
「……門田さん」
「怪我はしてねぇな。とりあえずこっから引き上げるから、ついてこい」
 京平は帝人の手を引っ張ってその場から離れる。帝人は彼に連れられながら、ちらりと振り返った。帝人が離れていくことに気付いていないのか、喧嘩は激化していくばかりだ。
 後ろを気にする帝人を咎めるように、力強く手が握られた。仕方なく走ることに専念する。
 どれだけ走っただろうか。巻き込まれない場所までと高をくくっていた帝人は、日頃の運動不足が祟って、息も絶え絶えにのろのろと足を動かしていた。
 こめかみを流れる汗が不快だ。身体中が熱い。けれど一番熱いのは、繋がれたままの右手だった。
「…門田、さっ……!」
「どうした?」
 京平は未だ余裕の表情だ。
「……僕、もっ…」
 帝人が首を左右に振り、限界だとアピールする。京平は分かったと呟きスピードを落とした。
「あっちにベンチがあるから、そこで休憩するか」
 歩きながら京平が顎をしゃくったので、帝人は呼吸を調えながら頷き返す。
 そこは小さな公園で、遊具も少なく昼間だというのに子供の姿もなかった。帝人をベンチに座らせた京平は、飲み物を買ってくると姿を消した。
 とめどなく汗が流れる。どうしてエネルギーを使うと、熱が発生するのだろう。この熱や汗がなければ、運動も今よりは楽しめるような気がする。だとしても、運動が苦手な自分がそれを好きになることはないと帝人は思った。
 ベンチに背に凭れ、空を見上げる。どこまでも透き通る青に、吸い込まれそうだ。静かな公園に帝人の乱れた呼吸音が響いて、なんだか寂しくなった。
「……ひっ」
 首筋にひやりとしたものが押し付けられ、思わず奇声をあげた。何事かと目を丸くした帝人の前で、京平がくくっと笑う。
「ほら、冷たいうちに飲めよ」
「あ、ありがとうございますっ」
 京平の手から離れ、山なりに弧を描いたペットボトルを慌ててキャッチする。落とさずに受け取れたことに安堵した。帝人が顔を上げると、京平はニット帽を外して髪を掻き揚げていた。いつもと違う姿にどきっとする。
「……飲まねぇのか?」
「の、飲みます!」
 目が合ったことにひどく驚いた。その前に、何だどきって。自分の気持ちを誤魔化すためにペットボトルを煽った。勢いよく飲み込んだせいで液体が気管へ入り、帝人が盛大にむせる。
「おい、大丈夫か?」
「ごほっ、……だいじょぶ、です」
 前かがみになる帝人の背中に大きな手が触れた。彼の手でさすられると、不思議と呼吸が楽になる。
「すいません、もう大丈夫ですから」
 その言葉を合図に手が離れていく。離れてしまった手を名残惜しく思いながら、帝人は姿勢を正す。隣に京平が座った。
「急に連れて来て悪かったな」
「いえ、助かりました。あんな近くで喧嘩に巻き込まれて、どうしようかと思ってましたから」
「その割りに落ち着いてなかったか?」
 京平が苦笑したのが分かる。
 今考えれば相当に危険な状況だったと思う。だが、自分の手に負えないことが目の前で起これば、慌てる余裕もない。帝人はペットボトルを手のひらで転がした。
「下手に動いたら怪我しそうでしたし」
「まぁ、な」
「それに危なくなったら助けてくれますよね、門田さんが」
 帝人がにっこり笑いかけると、京平は顔をしかめる。
「……ずっと一緒にはいねぇだろ」
「あの2人が遭遇する確立の方が低いから大丈夫です。大体、今日は遅刻した門田さんが悪いんですよ。時間通りに来てくれたら、巻き込まれずに済みました」
「…………悪かった」
「分かればいいんです」
 京平が歯切れ悪く謝ると、帝人は満足そうに笑う。目が合って、同時に笑い出した。
「そろそろ行くか」
 立ち上がった京平がニット帽を被りなおして、帝人に手を差し出した。その手を取って、帝人は立ち上がる。
「何処に行くんですか?」
「ん、お前が行きたいところ」



仕切り直していきましょう!




* * * * *
リクエストは「臨帝静+門田、門田の一人勝ち」でした。
えーと、すいません。4人を同じ場所に留めることが出来ませんでした…。一人勝ちっていうよりは、さらっちゃう感じですね(汗)本当はペットボトルで間接キスとか考えたんですけど断念しました。また次の機会に。戦争サンドはどうしても静雄寄りになりがちです。だってスキなんだもん←
リクエストありがとうございました!


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