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「俺が最も恐れていることを、教えてあげようか」
 臨也がにっこりと笑った。
 帝人は、壁に押し付けられた際に打った背中の痛みに顔を歪めながら、今の状況を整理していた。



 学校から帰った帝人は、夕飯の準備をしていた。冷蔵庫を開けると、あると思っていた卵が見当たらない。
(今朝ちょうど切らしたんだった)
 帰りに買って帰るはずが、すっかり忘れていたことに気付く。困ったと頭をかいて、溜息を1つ。
 調理台を見れば、ケチャップライスから湯気が立っていた。帝人はオムライスを作る予定だったのだ。チキンライスとして食べるのも手だが、このままでは翌朝の目玉焼きがない。
「仕方ない。買ってくるしかないか」
 2度目の溜息を吐き、財布と鍵をポケットに帝人が出掛けたのは、つい数十分前だった。
 帝人は近くのスーパーへ向かった。近くと言っても、帝人の住んでいるアパートから徒歩で片道15分はかかる距離だ。残念なことにスーパーよりも近いコンビニに、卵は売っていない。
 立地条件がいいとは言えないが、東京池袋の地価というのは地元のそれより格段に高い。賃貸と言えど、高校3年間を考えれば少しでも安上がりなものを選ぶのは当然だろう。
 そんなことを考えているうちに帝人はスーパーへ着き、無事に目当ての卵を手に入れた。いちごのヨーグルトは余分だったが、明日の朝はいつもより豪華だと思うと帰りの足取りは軽くなった。
 来た道を帰るというのは、なんだかすごく不思議な感じがするものだ。行きと変わらないはずなのに、見る角度が違うだけで同じものが全く違って見える。気付かなかったものに気付いたりする。
 来た道を戻れば迷子にならないと言う人がいるが、これだけ風景が違って見えれば土地勘のない場所では迷子にだってなるだろう。実際、帝人も慣れるまでは何処へ行くにも苦労したし、脇道の多くは未だに何処へ繋がっているのか分からない。
 帝人はぼんやりと空を見上げた。空に瞬く星は少ない。夜のキャンパスに月だけが浮かんでいるようだ。地面に近いところでは、ビルやネオンの光が闇に向かって滲んでいるようにも見える。
 ふと時間が気になって帝人はポケットへ手を伸ばすが、そこにあるはずの携帯がない。その場に立ち止まりポケットを探すが、やはりそこには財布と鍵しかなく、帝人は肩を落とした。
(…持ってくるの忘れた)
 ないなら仕方ないと歩き出した帝人の腕を誰かが横に引っ張った。
「!? ……っ」
 狭い路地裏に引きずりこまれ、壁に押し付けられたのがついさっき。背中を走る鈍痛に耐えながら、意味の分からない言葉を発する人物が折原臨也だと帝人が気付いたのはほんの数秒前だ。
「い、臨也さん…? どうしたんですか?」
 帝人はわけも分からぬまま、顔を近づけてこちらを覗き込んでいる臨也へ声をかける。その赤い瞳は、いつもよりほの暗い。
「今質問してるのは俺だよ?」
 いつもの笑顔、いつもより強い語気、いつもと違う瞳。
(…何をそんなに必死になってるんだろう?)
 理不尽な目に合っているのに、ひどく冷静な自分がいる。頭の片隅がひやりと冷気を発しながら、まずは状況を理解しろと命令をくだしているのではないだろうか。帝人はただただ無表情に、視界に写る全てを観察していた。
「ねぇ帝人君。俺が最も恐れていることを、君に、君だけに教えてあげようか」
 反応のない帝人に焦れた臨也が帝人の頬を撫でながら、言い聞かせるようにゆっくりと告げる。俄に眉が下がっていた。
 途端に帝人は理解した。彼は怒ってるんじゃない。彼は何かを恐れてるんじゃない。彼は、不安なんだ。
「…僕は、そんなことに興味はありません」
「……そう、それは残念だなぁ」
「でも。ご飯を食べながらなら、聞いてあげてもいいですよ」
 恐いものに興味はない。でも、何が不安なのかくらいは聞いてあげようと思う。きっと下らないことだけど。
 帝人は苦笑した。
「え…?」
「オムライスでよければ用意します」
「! 行く、行くよ! ちょうどオムライスが食べたいと思ってたんだ」
「そうですか、なら良かったです。早く帰りましょう」
 帝人は臨也の手を掴んで路地裏から抜け出した。帝人の少し後ろを、大人しく手を引かれながら歩く臨也。
(何だか、調子狂うなぁ…)
 いつも五月蝿いくらい鬱陶しい人間が、何も行動を起こさないとは。それほど大きな問題なのかと帝人は少し不安になる。
 後ろの臨也が気になって、しかし振り返るのは心配しているのだと教えるようで癪だから。だから繋いだ手に力を入れた。すると応えるように強く握り返される。
 たったそれだけなのに馬鹿みたいに安心したなんて、彼には絶対教えてあげないけど。
 帝人が含み笑いをしていると、臨也から声がかかった。
「オムライスのケチャップは、」



ハートにしてよね

(彼の精一杯の強がりは、まるで子供のようでした)



「冗談はその性格だけにしてください」
「…あはは、相変わらずひどいなぁ」



* * * * *
リクエストは「弱い臨也と包容力のある帝人」でした。
すいません、すごく中途半端になりました。弱いっていうか甘いっていうか。
メールしても返信ないし電話しても繋がらないしで、わざわざ家に行ったのに帝人はいないしで精神的に弱ってた感じです。
捕捉ないと話が分からないって、それどうなんだ自分orz
リクエストありがとうございました!


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