drrr!! | ナノ

 ぽかぽかとした陽気が心地好い早春の頃。身体を動かせば汗ばむほどの暖かさは、頬を擽る冬の名残を残した風が吹くことで緩和される。
 新緑が萌ゆる青々とした公園では桜の木の下で多くの人が花見と称し、酒を飲み持参した弁当やらお菓子やらを食べている。バーベキューをしている人たちも見受けられる。
 その中の一角で、帝人は花見を楽しんでいた。池袋で出会った様々な仲間と共に。
 しかし帝人たちの周りに花見会場特有の混雑した様子は見られない。意図して人目につきにくい場所を選んだのもあるが、集まっている面々にも十分問題があった。
 帝人や正臣、杏里といった高校生だけならば周りはすぐに人が溢れただろう。それは此処にいる京平やその仲間たちにも言えることかもしれない。しかし異様なのは全身黒に覆われた都市伝説とその隣の白衣を着た青年、果ては池袋最強までが首を揃えていたことだ。
 なんとも奇妙な顔ぶれではあるが、彼らは和やかに花見をしていたのだ。
 ほんの少し前までは。

 それは突然現れた。
「帝人君、お花見をするなら俺も呼んでよ」
「…どうしてあなたが此処にいるんですか、臨也さん」
 桜の木に凭れながらにっこりと笑ったのは、黒を基調とした個性的なファッションをした臨也だ。話しかけられた帝人は、あからさまに顔をしかめる。
「どうしてって、帝人君がいるところなら俺はどこにでも行くよ」
 さも当たり前だというように臨也が発した言葉は、その場を凍りつかせるには十分だったようだ。
「……気持ち悪いですよ」
 帝人のその一言が乾いた空気を揺らすと、次いでぐちゃりとビールの缶が潰れる音がした。
「……いーざーやー」
 地を這うような低音。トラウマスイッチが入ったのだろうか。静雄が握りつぶした缶を手にゆらりとその場で立ち上がる。
 彼の周りに座っていた数人はそそくさと彼から離れた。
「手前何で此処にいるんだぁ?」
「シズちゃんいたんだ。聞いてなかったの? 帝人君に会いに来たんだよ」
 臨也の物言いに静雄の血管が浮かび上がる。
「俺が聞いてんのはよぉ、何で手前が竜ヶ峰に会いに来てんのかってことだ!」
 静雄の語気が徐々に上がっていくが、臨也は飄々としている。桜から離れた臨也は、2人の様子を見守っていた帝人に近づき、おもむろに抱きついた。
「だって俺のだし、ねぇ?」
 ピシリ、と音を立てて時が止まった。臨也の登場、そして予測される静雄との喧嘩程度なら花見を続ける強者がいたのだが、彼らを含め皆が一様に動きを止めた。それぞれの表情を見れば、思うことは様々なようだが。
「違います。僕に同意を求めないで下さい。っていうか離れて下さいよ!」
 いち早く立ち直った帝人は必死に臨也の腕から逃れようともがくが、力では負けてしまい抜け出すことができない。
 そんな帝人を面白がるように、臨也はより強く抱き締める。しかし静雄が黙っていなかった。
「手前、臨也!羨まし…じゃねぇ、竜ヶ峰から離れろ!」
「嫌だよ。何でシズちゃんに指図されなくちゃいけないの」
「あ゛? 帝人が嫌がってんだろうが」
「嫌よ嫌よも好きの内ってね。大体自分ができないからって俺に当たるの止めなよ、子供じゃないんだからさぁ」
「なっ…! 殺す、今すぐ殺す!」
 静雄の言葉を最後に、2人はいつもと同じように喧嘩を始めた。臨也もいつの間にか帝人から離れている。
 2人が帝人を挟んで両側にいるせいで帝人の目の前をベンチやらナイフやらが飛び交う。それを呆然と見ていた帝人は、突然腕を引っ張っられた。
「うわ…っ」
「大丈夫か? 危ないから離れとけ」
 帝人の頭上から優しい低音がした。京平だ。どうやら逃げ出せずにいた帝人を助けてくれたらしい。
「ありがとうございます」
「お前も変な奴らに好かれるな」
 素直に礼を言う帝人に、京平は苦笑しながら喧嘩をする2人を見た。つられて振り返った帝人は、激しくなる喧嘩に眉を寄せた。
 周りを見れば、他のメンバーも喧嘩に巻き込まれないように距離を取っていた。
「……嬉しくありません」
 花見が台無しになったことに、帝人は不満げに声を漏らす。京平が宥めるように帝人の頭を撫でた。
「…あぁ! ずるいっスよ、門田さん。抜け駆けは厳禁っス!」
「あ?」
「いくら門田さんでも帝人を拐っていくなら、この俺が許しません!」
「…正臣、誘拐じゃないよ」
 左右から同時にやって来た金髪の2人は、口々に京平を責め立てる。訳が分からないと首を傾げた京平と、疲れたと言わんばかりに肩を落とす帝人。
 それを気にした様子もなく遊馬崎と正臣は言葉を続ける。
「帝人君は皆のものなんスよ!」
「何言ってるんだ、帝人ー。お前が俺の隣にいないだけで、大問題なんだぞ!」
 金髪組の言うことがイマイチ理解できない黒髪組は、お互いに視線を交わすが相手も同じ状況だと察しそっと目を反らした。
 京平は、どうにかならないかと遊馬崎の相方である狩沢に目をやる。
「キャー! みかプー総受け? しかもドタチン落ち!?」
 しかし彼女は京平に理解できない言葉を発しながら興奮したようにこちらを見ていた。
 これじゃあどうにもならないと京平がため息を吐いた時、離れた場所で喧嘩をしていた2人が近づいてきた。
「ちょっとドタチン、俺の帝人君を勝手に連れて行くのは止めてよ」
「だから竜ヶ峰はお前のじゃねぇ!」
「シズちゃんってば、そんなに俺に構って欲しいの? でもごめんね、俺は帝人君一筋だから」
「違ぇ! 俺はお前がこの世で一番嫌いだっ!」
「ならよかった。俺もシズちゃんが一番嫌いだから」
「…臨也さん、今の言葉は納得できません」
「何、紀田君。君はまさか俺がシズちゃんのことが好きだとか言うんじゃないだろうね?」
「違います。そんなことどうでもいいです。むしろそうだとすごく嬉しいですけど、俺が言いたいのは帝人は俺のってことです!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ金髪」
「帝人君は皆のものだって、さっきから言ってるじゃないスか!」
「…いや、帝人はものじゃねぇだろ」
「あぁそうだね。だからドタチンのでもないんだよ」
「手前のもんでもねぇけどな」
「…静雄さんはまず、帝人の名前を呼べるようになってからにしたらどうですか?」
 帝人の周りでそれぞれが意見をぶつけている。中心にいる帝人を放ったまま。

 どうしたものかと帝人が悩んでいたその頃、セルティと新羅、そして杏里は離れた場所で花見を続行していた。
 杏里は帝人が気になるようでチラチラと見ているのだが、彼らを止めることはもちろん帝人を助けることもできそうにない。
「…帝人君は、大丈夫でしょうか」
「大丈夫なんじゃないかな? 紛いなりにも、彼らは皆帝人君のことが好きみたいだから、怪我をさせることはないと思うよ」
 杏里の不安げな声に新羅がいつもと変わらぬテンションで答える。
『いざとなれば私が助けに行くさ』
 新羅の言葉を肯定するように頷き、セルティはPDAを差し出した。
 2人に言われホッとしたように表情を和らげた杏里が、もう一度帝人を見た。
「……!」
 杏里が息を飲む。それに気付いた2人も、帝人たちへと目を向けた。
「……想像以上のことになってるね」
 新羅が重々しく呟いたと同時に黒い影が動いた。

 セルティが向かったその先では、壮絶な帝人争奪戦が繰り広げられていた。
 きっかけは何だったのか。考えるまでもなく臨也の一言に静雄がキレたのだろう。きっかけは何であれ帝人を中心に5人の人間が暴れていた。
 帝人は抜け出すこともできずにびくびくとしている。当然だ。他のメンバーと違い帝人は力も弱く喧嘩慣れしている訳でもない。
 そんな彼を守るように京平が庇うのだが、それが逆効果だったようで騒ぎが激しくなる。
──僕を巻き込むのは止めてよ…!
 帝人が肩を震わせながら己に降りかかる理不尽に耐えていた時、視界の端に影が走った。
──何だろう?
 帝人が影を追って視線を動かすと、その影は帝人の腕に絡み付いた。光を吸い込んでいるような真っ黒な影には見覚えがある。
「セル……!?」
 帝人が口を開いたその時、ぐいっと影に引っ張られた。強い力は無理やり帝人を輪の中から連れ出すが、全ての力を受けた腕が痛む。腕を擦る帝人の前に黒いPDAが差し出された。
『すまない。大丈夫か?』
「いえ、大丈夫です!それよりありがとうございました」
 帝人は咄嗟に姿勢を正し、深くお辞儀する。背後では帝人がいなくなったことに気付いていない面々が未だに喧嘩をしていた。
──喧嘩というより、乱闘の方が正しいかもしれないな。
 セルティは眼前に広がる様を見て内心呟いた。お辞儀したままの帝人に頭を上げさせ、彼の腕を診てもらうために新羅の元へ歩き出した。

『よく怪我をせずに済んだな』
「…一応、僕に当たらないように注意はしてくれていたみたいですから」
『でも、帝人君が無事で良かったよ』
「……うぅ、セルティさん」
『!? な、泣くな帝人君。どうしたんだ? 腕が痛むのか?』
 帝人はふるふると首を横に振る。セルティは困りながらも(もし彼女に顔があれば眉尻が下がっていたかもしれない)、帝人の頭を撫でた。
──よっぽど怖かったんだなぁ。
『もう大丈夫だよ』




(場所取りじゃなく帝人取りだけど)



* * * * *
お、終わった!長かった。
リクエストは「騒がしい日常の中でセルティに癒しを求める(助けられる)」でした。ごめんなさい。
花見が日常じゃない時点でアレなんですが、セルティ落ちにはなったので許してくださいorz
人数多いと長くなりますね。皆あんまり話してないっていうのに。それ以前に日本語が滑らかじゃないっていう。べ、別に花見してる人が羨ましかったとかそんなんじゃないんだぜ!←
ありがとうございました!


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -