drrr!! | ナノ

 暗い部屋、光のない部屋。
 朝も昼も夜もない、時間のない部屋。
 無機物に囲まれたベッドの上に、ただ1つ時間を持つ少年。
 少し、訂正する。
 時間は流れている。ただ部屋の外と比べるとひどく緩やかで、止まっているように見えた。
 小さな音を立てながら息をするその少年は、ベッドの上でぴくりともしない。けれど眠っているのでもなかった。ただ、ただ、闇を見つめ、人の帰りを待っている。
 早く帰ってこないかなぁ。怪我してないといいんだけど。身体より服が大切なんだもん。いつも心配してる僕の気持ちも、少しくらい分かってくれればいいのに。
 少年が考えるのは、此処にいない青年のことばかりだ。虚ろな瞳は闇を見つめたまま、口だけが弧を描く。そして直ぐに表情がなくなった。
 …早く、帰ってこないかな。
 何もない部屋は、音すらしなかった。少年はとくん、とくん、とリズムを刻む自らの心音を耳に、微睡み始めた。


 部屋の扉が静かに開く。金具の唸り声が、音のない部屋に大きく響いた。
 その音にぴくりと反応したのは、うたた寝をしていた少年だ。覚醒するには至らないが、訪れた変化は感じているらしい。
「…帝人」
 扉から現れた青年はベッドで眠る少年──帝人の名前を呼んだ。
 聞き慣れた低い音に帝人がゆるゆると目を開き、音の発信源を見る。
 開いた扉から入る光に、帝人は目を細める。扉の内側に立っている人影は、帝人からは逆光で顔は見えないが此処に来る人間は限られている。彼は嬉しそうに微笑み上体を起こした。
「お帰りなさい、静雄さん」
 帝人が出した声は少し掠れていた。無理もない。彼が声を発したのは、静雄が家を出て以来だ。
「ただいま。いい子にしてたか?」
「はい」
 扉を閉めた青年がベッドの端へ腰掛け、帝人の頭を撫でた。帝人は擽ったそうに身を捩る。
「静雄さんは、今日は喧嘩しませんでしたか?」
「…あぁちょっと暴れたな」
「またですか! 怪我はないんですね?」
 帝人が悲痛な声を上げ、静雄の身体に触れ怪我がないかを確認する。静雄がその手を取り、苦笑した。
「大丈夫さぁ。俺はそんな柔じゃない」
「でも、絶対に怪我をしないわけじゃ、ないんですよ?」
 帝人が声を詰まらせながら言う。
 帝人の言う通り、静雄は怪我をしないわけではない。人より身体が丈夫というだけで(いや、頑丈というべきか)、ナイフで切られれば血が出る。強靭なまでの骨や筋肉に守られてはいても、彼はやはり人間だ。
 帝人は心配なのだ。
「…僕には、静雄さんしかいないのに」
 その言葉を耳にした静雄が口元に笑みを浮かべる。腹の底でぐるぐると蠢くどす黒い何かが満たされていくのを感じながら、静雄は帝人を抱き締めた。帝人が静雄の背に腕を回してそれに応える。


 静雄は帝人を此処へ連れて来た時のことを思い出す。
 嫉妬に狂った己が半ば無理やり閉じ込めようとした時、目の前の少年はほとんど抵抗しなかった。「静雄さんが望むなら」たった一言呟いて、それからずっと此処にいた。
 悲しげに笑う表情が鮮明に、そして少年が己のもとへ堕ちた嬉しさが克明に思い出される。
 これからこの小さな少年は、自分だけを見て、自分だけを感じて、自分のことだけを想い、自分のために生きて行くのだ。
 静雄はその時誓った。──何があっても帝人を離さないと。


「帝人、愛してる」
 静雄が静かに告げ、優しく優しく腕に力を入れる。
「僕も大好きです」
 静雄が腕を緩めるとお互いに視線を合わせた。静雄は優しく笑い、涙しながら悲しげに笑う帝人の頭を撫でる。
「静雄さん、ずっと一緒ですよ?」
 帝人は弱々しく首を傾げる。静雄は一度頷くと帝人の額に口付けた。
 静謐を守る暗闇で小さな呼吸音と衣擦れの音がする。誰にも彼らを邪魔することはできない。



おちたのは、

(涙か君か、俺か世界か)



* * * * *
「ヤンデレ静雄にそれを受け止める帝人」だったんですが。あれ、出来てますか…?(汗)
ヤンデレって難しいですね。今回は帝人がちゃんと書けなかったような気が。受け止めてるけど、泣いちゃってますし。結局2人とも病んでんじゃねぇのコレ(←)ただ暗い話だけど微糖な感じが気に入ってます。
リクエストありがとうございました!


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