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 静かな夜だった。
 池袋という街は、いつだって人間を受け入れるのに、ただそれだけなのだ。
 受け入れるだけ。それはひどく難しく大きな愛を孕んでいるが、裏を返せば何も与えてはくれない残酷な愛に等しい。
 1人で抱えるには大きすぎる孤独を与えたのは、1人ではない喜びを与えたこの街だ。そして、自分を好きだと笑うあの少年に他ならない。
 静雄は開け放した窓枠に手を置く。静かに降る雨が少しずつ体温を奪って、感覚を麻痺させた。
 寒さは聴覚まで麻痺させるのだろうか。耳が痛いくらいに、音がしなかった。
 手から零れた紫煙が雨に溶けて消えていく。シャツの袖は雨に濡れてしっとりしていた。
「…寒ぃ、寒いな」
 静雄は確認するように呟いた。音すら自分を置いて行くのかと、無性に不安になったから。
 静雄の目には、キラキラと輝く街明かりが雨に反射していっそう輝いて見えた。街は眠らない。その事実が静雄と今を繋ぎ止める。
 その考えに自虐的な笑みを浮かべ、窓に背を向けた。そして窓の下へ座り込む。もたれ掛かった壁は冷たく、静雄に痛覚を思い出させた。しかし静雄は表情1つ変えずに灰が落ちそうなほど伸びた煙草を手に部屋を眺めた。
 押し潰されそうな孤独に苦しみ、それを与える街と雨に癒されている自分がひどく滑稽に思えたのだ。
 現実はこうだ。真っ暗な部屋で煙草の明かりがうっすらと手元を照らし、窓から入る光が部屋全体をぼんやりと映し出している。何もない部屋。空っぽなのは、自分かもしれない。
 早く朝になればいい。そうすれば自分が1人ではないと、感じることができる。
 静雄は怖いとは言えなかった。言ってしまえば潰されてしまいそうで、強がることしかできなかった。
 あぁ弱い。そんな自分が許せない。俺はアイツを守りたいのに。守らなくちゃいけないのに。
 無意識に握り締めた指は、煙草をぐしゃりと折り曲げた。灰が黒へ消えた。それを追って視線が下がる。
 フローリングが焦げるかと思ったが、いつの間にか火は消えていた。しかし何かがジリ、と胸を焦がす。
 目を閉じてしまえば、そこには何もない。本当に消えてしまいそうな錯覚を覚えて、静雄は知らずに震えた。
「………お、さ……」
 無音が続くと幻聴を聞くらしい。それほどまでに、無音というのは精神的に苦しいのだろう。だとするとこれも幻聴なのだろうか。静雄の脳が勝手に再生した、愛しい少年の記憶なのかもしれない。
 静雄はピクリともせずその幻聴に耳を傾ける。
「静雄、さん…」
 妙にリアルな声だ。静雄は俯いたまま口元で微笑む。例え幻聴でも嬉しかった。
「…静雄さん、風邪引いちゃいますよ」
 静雄が気付いたのは、温かい感触が肩に触れたせいだ。びくり、と大袈裟なまでに肩が跳ねた。
 そろそろと顔をあげれば、見慣れたはずの帝人がいた。
「み、…かど?」
 久方ぶりに出した声は掠れた。静雄が焦点の合わない目で帝人を見上げると、返事をした帝人は静雄の前へ膝立ちになりそっと頭を掻き抱く。
「どうしたんですか?」
「帝人…っ」
「大丈夫、僕は此処にいますよ」
 頭上から聞こえる優しげな声に、冷えた体に伝わる温度に、孤独からの解放に、ついに静雄の涙腺が壊れた。ただただ涙が零れては、帝人のシャツへと吸い込まれていく。
「帝人…」
「静雄さん、大丈夫です」
 帝人は優しく髪をすきながら静雄を見下ろす。すがるように帝人のシャツを掴む静雄の手は真っ白だった。
「慣れた、はず…だったのにな」
 絞り出すような静雄の声に帝人は傷ついたような顔をする。
「いいのか」
「何がですか」
「…弱いから」
「完璧な人間はいませんよ」
「でも」
「いいじゃないですか。弱くたって。静雄さんはただの人間ですよ」
 ただの人間。その言葉にどれほど静雄は憧れたろう。驚異的なまでに人間離れした力のせいで、怪物だ何だと怖れられてきた静雄にとって、帝人の言葉は新鮮だった。
「僕がいるじゃないですか。これでも男ですよ? 守られるだけなんて嫌です」
「…あぁ」
「だから、静雄さんが僕を助けてくれるように僕だって静雄を助けたいんです」
「そうか」
「もし2人同時に助けを求めていたら、一緒に落ちるところまで落ちましょう」
 帝人は、俺が思っていた以上に強いんだな。小さな寂しさと大きな安堵が静雄を包む。
「そこから這い上がればいいんです。2人なら大丈夫ですよ」
「……そうだな」
 涙は枯れた。しかし泣き顔を見られるのが嫌な静雄が、帝人の腰に腕を回して抱き締める。帝人は優しく笑いながら静雄を撫でた。
 窓の外で何かにぶつかって跳ねた雨が、存在を主張するように音を出した。



そんなことに慣れないで

(君は優しく寂しげにそう呟いた)



* * * * *
リクエストは弱い静雄と包容力のある帝人でした!
あー出来てますかね?弱いのいいですね、弱いの。弱いシズちゃん可愛いよ。この2人ならお互いがお互いを抱き締めて受け止めてくれそうで安心します。ただかなり依存型ではありますが(笑)
ありがとうございました!


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