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 突然降りだした雨は、その季節柄、容赦なく全てのものに襲いかかった。
 ひどく狭くなった視界から何処か雨宿りできる場所はないかと、記憶の中の街並みと照らし合わせながら走るのは黒いニット帽を被った門田京平だ。
 ビルが多い都市部には、雨を避けるに都合の良い庇(ひさし)のある建物は意外と少ない。少し路地へと入れば使われているのかいないのか分からないような、雨宿りをするにはうってつけの場所があったはずだ。
 そこまでの最短経路を頭に描きながら、京平は水分で重くなった足をひたすら走らせた。

 数分後。
 雨宿りする意味すら疑わしいほど濡れてしまったが、なんとか予定の場所に着いた。
 自分以外にも雨宿りをしている人間がいるかもしれないとは思っていた。予想外だったのはそれが知り合いだったことだ。
「お、静雄か」
「……門田」
 京平に名を呼ばれた青年――平和島静雄は、湿って火がつかなくなった煙草をくわえている。
 煙草が吸えねぇ、と愚痴る静雄は言葉ほど苛ついていない。証拠に彼の顔はひどく穏やかだ。
 少し間を開けて、2人は横に並ぶ。激しくなるばかりの雨を見つめた。
「すげぇ雨だな」
 先に口を開いたのは静雄だ。
「おかげでびしょ濡れだ」
 京平は濡れたニット帽を絞りながら苦笑を浮かべる。
 言葉が必要なようでしかし決して苦痛でない、不思議な沈黙が場を制する。
 次に沈黙を破ったのは京平だ。
「お前、仕事は?」
「今は休憩中」
「大丈夫なのか」
「連絡はした」
 そうか。呟いた言葉は果たして大きな雨音に掻き消されはしなかったか。
 京平は漠然と不安を感じながら、聞こえなかったならそれでもいいか、と。
「……お前は?」
 だから、聞こえた言葉の意味を咄嗟に理解できずにいた。
「ん?」
「だから、いつも一緒にいる連中はどうしたんだよ」
「あぁ、その辺にいるんじゃないか」
「……は?」
 的を得ない回答に静雄は声をあげる。
「別に四六時中一緒にいる訳じゃねぇからよ。つるむことが多いってだけだ」
「ふーん」
「会えばそのまま固まってるけどな」
「……不思議だな」
「そーか? そんなもんだろ」
 首を傾げる京平を横目に静雄は眉間にシワを寄せた。それは気分を害したからではなく、理解できなかったからだ。
 京平とよくいる連中は、彼を慕って集まっている。それなのに彼がいなくて、どうしてその輪が成立するのだろうか。それではただのファンだか追っかけだかと変わらないのではないか。
 静雄は不思議で仕方なかった。しかしそれは、あまり多くの人と付き合うことを知らない彼だから持ちうる疑問だ。そして静雄は、それを(本能的に)理解しているために口に出さない。
 だから「そーか。そんなもんか」と納得したフリをする。
「で、どうするんだ」
「何が」
 何を問おうとしているのか図りかねた京平の目が、静雄を捕える。
 そこで初めて、視線が交差した。
「お前そのままだと風邪引くぞ」
 京平の唇は紫になりつつある。
「それはお前もだろ」
 静雄の顔に血の気などはなく。
「俺は馬鹿だし身体も丈夫だから風邪は引かねぇよ」
「それに関しては俺も人様のことは言えねぇな」
 くくっと声を潜めて笑ったのはどちらが先だったか。
 そして同時に声を発した。
「夕立だしな」
「夕立だからな」
 京平は視線を雨へ戻す。先程より少し雨足が弱くなっていた。
「濡れて帰ってもいいが、そのうち止むだろ」
「もう少し弱くなってからでも構わねぇよな」
 そして会話は途切れた。




(だからもう少しこのままで)


 いくら残暑が厳しかろうと、雨が降れば気温は下がる。雨に濡れれば体温の低下は著しい。
 仲間に会うにしても一度家へ帰って着替えなければならないだろう。それは、隣に立つバーテン姿の彼も同じはずだ。(着替えたところで彼はバーテン姿だろうが)
 電話をして友人に迎えに来てもらってもよかったが、そうしなかったのは。もう少しこの沈黙に身を置きたかったからだと、京平は雨に呟いた。




* * * * *
初!静雄と京平でした。
私の中では静門寄りリバップルなのですが、2人はこんな感じで対等っていうか学生ノリを忘れずにいて欲しいです。という私の希望(笑)


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