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 もう少し背が高ければいい。
 帝人は最近ふとした時に思う。
 それは帝人が高い所にある物を取ろうとした時や満員電車でサラリーマンに押し潰された時、静雄と並んだ時だったりする。
 彼との身長差が何センチあるのか、考えただけで泣きそうだ。
 単純に便利だと思う。せめて平均値まで伸びれば違うのだろう。
 けれど残念なことに、現在の帝人の身長は中学生の頃と大きな差はない。
 帝人は大きくため息を吐いた。

 夕暮れの公園が帝人を感傷的にしているのかもしれない。
 帝人はいつもの公園の、いつものベンチに腰掛けて。子供に戻ったように足をぶらつかせる。
 帝人が身長について悩み出した原因は、静雄と臨也にある。平均以上の静雄と平均的な臨也。容姿が良いこともあり、2人が並べば絵になる。並ぶことが少ないが。
 常の2人のやり取りを知っている帝人は、彼らをお似合いだとは思わない。仲が良いとか悪いとかの問題ではなく、もっと別次元の話だ。
 もし彼らが幸せそうに微笑みあっている場面に出くわしたなら、きっと自分に明日は来ないとさえ思う。帝人は想像して、背筋が震えた。
 それほど深く重く、互いを認識しあっていることについては多少の嫉妬を感じ得ないが。

 静雄は、臨也を追って何処かへ行ってしまった。
 正解にいうと、帝人が静雄に声を掛ける前に、彼は臨也を見つけてしまったようで、気がつけば帝人は1人公園に取り残されていたのだ。
 別に静雄と約束をしていたわけではない。ただ、見掛けたから声を掛けようとしただけ。
 それなのに、帝人の胸の奥がちくりと痛んだ。
──分かってるんだ、全部。
 今帝人が抱いている感情が、ただの嫉妬だということを。
 けれど認めたくない自分が確かに存在して、身長だの何だの理由をつけては逃げてきたことを。
 それが追い付かないほどに、嫉妬が溢れそうなことを。
 何もかも分かっていて、それでも身長のせいにしなければ、静雄の前で笑うことすらできないということも。
──僕は、汚いなぁ。
 恋はもっと楽しいものだと思っていたのに。
 帝人は、自分の中に蠢くドロドロしたものに蓋をした。

 沈んでいく夕陽がとうとうビルの中へと落ちた。真っ赤に染まった空は、白を挟んで黒へと滲む。
「……帰ろうかな」
 夜の街は危険だ。
 見るからにひ弱な帝人など、渇上げの標的にされやすい。
 1人では逃げることもできない。
 早く帰った方が得策だと分かっていても、体が重く動く気にならなかった。

 帝人は足元にあった石を蹴る。
 石がくるくると転がり、カツリと音を立てて止まった。いや、何かにぶつかってそれ以上動かなくなったというのが正しい。
 帝人は石を止めた物体に、下からそっと視線を這わせる。
「……危ねぇだろーが」
 物体が不機嫌な声を出した。
 それはオレンジに染まった金髪に、羨ましいほど背が高い。そしてバーテン服。
「静雄さん……?」
 帝人の目が静雄の顔を捉えるも彼の輪郭はぼやけてしまっていて、視線があっているのか分からない。
 帝人は、先ほどの声と服装を頼りに名を呼んだ。
「あ? 帝人じゃねぇか」
「こ、こんにちはっ。それとすいませんでした……」
「……あぁ、気にすんな」
 熱しやすく冷めやすい静雄。どうやら今回は相手が帝人だったことに驚き、一気に冷めてしまったようだ。
「どうしたんだ? こんなところで」
「ちょっと休憩です。暗くなってきたし、そろそろ帰ろうと思ってたんですけど」
 帝人はにっこり笑って立ち上がる。静雄に走り寄って、やっと静雄の顔が認識できた。
 静雄は目を細めたが、サングラス越しでは帝人には伝わらない。
「そうか。……送ってやるよ」
「いいんですか? お仕事は?」
「今日は終わった。ほら、行くぞ」
 静雄は言って、足を動かす。嘘だ。ただ今の帝人を1人にしておけないと思った。
「すいません、ありがとうございます」
 静雄の隣を歩きながら声を掛けた。静雄の歩調はゆっくりで、帝人に合わせていることが分かる。
 それだけのことが嬉しくて、ドロドロしていたものが消えていくような気がした。帝人は笑う。
「静雄さん」
「何だ?」
「僕、ずっと悩んでたんですけど、どうすれば背は伸びるんでしょうか?」
「背?」
「はい。そしたら世界は変わると思うんです」
「……よく分からねぇが、もし変わってても変わったことにすら気付かないと思うぜ」
 静雄の答えは、帝人にとってとても意外だった。目をぱちくりと瞬かせる。
 カルシウム摂取のために牛乳を飲むことや、成長ホルモンを分泌するために適度な運動が必要だとか、成長ホルモンが働くのが深夜だからその間は寝ているべきだなんて、そんな話が出てくるとは思っていなかったが。それにしても意外だ。
 「そのうち伸びんだろ、成長期なんだしよ」そんな言葉で終わらされると思っていたのに。
 それとも実体験だからこその感想だろうか。
 帝人が何も言えずにただ歩いていると、静雄はおもむろに帝人の頭を撫でた。
「俺は今くらいがちょうどいいけどな。撫でやすい」
 静雄が優しく笑う。
「……子供扱いしないでください」
「まだまだガキだろ」
「子供じゃないです」
「俺からすりゃガキだ」
「僕もう高校生ですよ?」
「やっぱりガキじゃねぇか」
「だから違いますってば!」
 2人は同じやり取りを繰り返しながら、暗くなり始めた道を歩いた。その後ろ姿は見ていて微笑ましい。
 静雄は煙草を取り出し、薄い唇で挟む。火はつけない。
「ゆっくり大きくなればいいさ」
「え……?」
「あ、でも俺より大きいといろいろ面倒だな」
「……多分無理だと思うので、安心してください」
 何がですか、とは怖くて聞けない帝人だった。静雄が真剣な顔でいうもんだから、余計対処に困るのだ。
「そうか」
「はい」
 いつの間にか捕まった右手が、帝人に静雄の熱を伝える。
 帝人は静雄を盗み見た。どうやら照れているらしい。夕陽は沈んだというのに、顔が赤いままだった。
──僕は綺麗じゃないけれど、それを貴方が浄化してくれる。
 帝人は右手を強く握りしめた。



世界が変わる時

(それは貴方と出会ったあの時だ)



……何か最近迷子ですね。
今回は静雄がちょっと年長者っぽいですね、びっくりです(笑)そしてちょっと変態臭かったですね、びっくりですorz
帝人はぐるぐる悩むタイプみたいだから、自己嫌悪とかしてても違和感ないと思うけど。核心ついてバッサリ切っちゃうような子だし、加減が難しい。
悩ませるのが好きなの←


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