「っ、…クソ」
痛みに震える体を叱咤し、ヨロヨロと歩く。
結果はネロの勝利だった。ネロは元々負ける気など無く、腕っぷしもそこらのチンピラより強いのでまず負ける事など無いのだが。
無傷でいるのは無理だ。いくらネロでも生身の人間なのだ。
「多い、っつの…」
お陰であちこち怪我だらけだわ疲れたわで散々だ。バッグの中の携帯を開くと結構な時間になってしまっている。
流石に焦って心なしか足を早め、家のドアを開けた瞬間にネロは目を見開いた。
「…随分遅いお帰りだな?」
「…な、」
リビングのテーブルに頬杖をつき不機嫌そうな顔で出迎えたのは、ダンテだった。
こんな時間だ、寝てないにしても部屋にいる筈なのに。ダンテがリビングに居るのは食事の時くらいしかない。
「…こんな時間に傷だらけで帰宅なんて随分ヤンチャじゃねぇか」
「……」
底冷えするような声に、何も言えなくなった。
射抜くような視線に足が動かず、目線は宙を泳ぐばかり。
「お前、自分が何してるか分かってるのか?」
「!」
ダンテは立ち上がり、ネロの前に仁王立ちになって彼女を睨み付けた。
「…何で自分を大事に出来ないんだ?」
「…るせぇな、」
そんなのあたしが一番訊きたい、
その一言が胸につっかえて、代わりにダンテを睨み返した。
「バージルはお前にンな事教えたのか!?」
「…っるせぇんだよ!!」
一層強い口調のダンテについにネロは怒鳴り、弾かれるようにドアを開けて外へ飛び出した。身体中が悲鳴を上げるが構うところではない。
「ネロっ!!」
振り向きもせずネロは走った。泣きながら走った。
枯れたと思っていた涙が、留まる事を知らず流れる。不快だった。
何してるか?そんなのあたしが訊きたい。
何で自分を大事に出来ないか?そんなのあたしが訊きたい。
父さんがこんな事教えたか?そんな訳がない。
「っ、畜生…!」
涙はやはり止まらず、路地裏に入りずるずる座り込むと、思い出したように身体が痛んだ。
「おやぁ?こんな所で泣いちゃって」
「どーしたのかなぁ?」
顔を上げると、複数人の男がニヤニヤとこちらを見ていた。皆顔に絆創膏やガーゼをしていたり、腕を吊っている者もいる。
あぁ、とネロは合点した。
いつだったか、難癖をつけて来た為にぶちのめした男達だ。
「(クソ、タイミング最悪だな…)」
痛みに顔を歪め、立とうとするも上手く行かない。
「ハッ、ボロボロじゃねーか!」
「おい、今なら楽勝だぜ!」
下卑た笑い声を上げ、一人が拳を振り上げる。
「…!」
身体が動かない。
目を閉じる事さえ出来ずにいた、その時。
男の身体が派手に吹き飛んだ。
「…は?」
ぐげぇっ、とか悲鳴を上げながら地面に叩きつけられた男の巨体を呆然と見つめていると、ひらり、何か赤いものが視界を占領した。
「ダン、テ…?」
「…ったく、世話の焼けるお嬢ちゃんだ」
ダンテの赤いコートだ。
ネロを背に庇うように立ち塞がったダンテは、余裕綽々と言った体で人差し指をクイクイと曲げ、挑発する。
「な、何だこのオッサン!」
「おいお前ら!やるぞ!」
男達が飛び掛かるも、そこからは早かった。
その場から殆ど移動する事なく男達を次々倒していくダンテ。
まるで踊っているかのような軽やかな身のこなしは、普段のぐうたらしたオッサンからは想像もつかない。
結局、ダンテの勝利まで3分もかからなかった。
「…なんだよ、もうおしまいか?若いんだからもうちっと頑張れよな」
そう手を払うダンテは息ひとつ切らしていない。
目を丸くするネロに、ダンテは穏やかな表情で手を差し伸べた。
「ほら、立てるか?お嬢ちゃん」
「…あ、ああ…」
ダンテの手は大きくて、暖かかった。
胸の奥からじわりとこみ上げる何か、に首を傾げながら制服の汚れを払うと、ネロは俯いた。
「……………」
「……帰ろうぜ、お嬢ちゃん」
ネロの手から離れた手は、そのまま小さな頭に乗る。
右手に感じた空虚感を振り払い、頷いたネロはダンテの後に続いて歩き始めた。
遅い、遅すぎると言っても過言でないであろうダンテの歩調に、冷静になれば気付いただろうが、生憎怪我の痛みやらに気を取られそれを気にするだけの余裕はその時のネロには無かった。