バッグから薬箱を引っ張り出し、消毒液を適当にかけて適当に絆創膏を貼る。
痛みに若干眉をひそめるが、もう慣れたもので、特に何とも感じない。
狂っているのは自分でも分かっている。いつからこんな事になったのか。どうしてこんなに苛々するのか。全部、分かっている。
ただ、分かっていた所で解決などしないのだ。
自分はこんなに甘えたがりだったろうか。と、時に首を傾げる事がある。
父が死んでから、ずっと。
「(無くしてから気付く、って奴か…)」
自分で思っていたより、ずっと父が好きだったようだ。思えば、周りの女子にあったような反抗期もネロには無かった。
厳格だが、強く、真っ直ぐで、時に優しかった父を、純粋に尊敬していた。こうなれたらな、と心のどこかで思っていた。女の子には珍しいかもしれないが、ネロにとってバージルは目標だったのだ。
今の自分を見たら、父は何と言うだろうか。「Scum」と一蹴されるかもしれない。馬鹿者と殴られるかもしれない。それでも良いから、早く目覚めさせて欲しかった。
悪循環の無限ループを繰り返す学校。家には父に似た別人。増えていく傷痕。これが悪夢でなかったら一体何だと言うのか。
居場所なんて何処にも無いし、今さら欲しいとも思わない。
ただ、ここは落ち着かなかった。
目を覚まして、僅かに痛む体を叱咤して起き上がり、またキッチンで朝食を作り、食べて片付ける。
ダンテはいない、まだ寝ているのだろう。
「(関係ないけどな)」
そう、ダンテには何も関係ないのだ。
だから何も答える義理など無い。何も話す必要は無い。
そう自分に言い聞かせて、ドアノブを握った。
そうでないと、何の拍子に決壊するか分からなかったのだ。
それほど弱っていた事には、残念ながらネロ自身は気付いていなかったが。
学校に着き、校門は通らず、裏口から校舎に入る。
靴を履き替えて向かうのは屋上。今頃教室ではHRの最中だろうが、今更出る気にはなれない。
立ち入り禁止の屋上はドアノブにプラスチックのカバーが取り付けられているが、あまり関係はないのだ。
「っ、と!」
少し助走をつけて蹴りを入れれば簡単にひびが入る。
今月で二回はカバーが取り替えられていたが、また交換しなくてはならないだろう。悪いとは思っているが、止めようとは思わない。
フェンスに背中を預けて座り、溜め息。
「…はあ」
目を閉じると、風に紛れて僅かに学校の喧騒が聞こえてくる。
何をする訳でもなくこうやってただ荏苒と日を送り続け、二年になる。
本当に何故学校に来ているのだろうか。自分でもよく分からない。
暫くそうしていると、いつの間にか眠っていたらしく、辺りは夕暮れになっていた。フェンスを挟んで向こう側に、放課後のグラウンドから生徒たちの喧騒が聞こえる。
「(…帰る、か)」
ネロはのろのろと立ち上がり、スカートを払ってドアノブを掴んだ。
校舎の中は静かだ。ともすれば不気味な程に。
校門まで来た所で、ふと足元に向けていた視線を上げた。
「……何の用だよ」
「テメェ、ネロだな」
「こないだはよくも兄貴をやってくれたなぁ!」
ネロは思わず舌を打った。最近この手合いが多すぎる、何度ぶちのめしても減りやしない。
溜め息を吐いて、周りを見回した。帰宅途中の生徒達の視線が集まり、居心地が悪い。
「…いいけどな、」
ネロが溜め息混じりに吐き捨てると、相手も考えは同じだったらしくぞろぞろと歩き出す。
ネロはポケットに突っ込んだ拳を握り締め、静かにそれに倣って歩き出した。