ネロに与えられた部屋は、狭いが綺麗に片付いていた。
よく来る人がいた為に最低限のものは揃っているのだと、訊いてもいないのにダンテが話していたのを思い出したが、この際手間が省けたので何でもいい。

ベッドの上でしばしぼーっとして、ふと時計を見てみると朝の七時。昨日は疲れて寝るのがいつもより早かった。

「(ああ、そっか…飯)」

ダンテがやるとも思えない、むしろ起きてる様子もないので作らなくては。
ベッドから出て、部屋のドアを開けてキッチンへ向かう。案の定誰もいない。

昨日空っぽの冷蔵庫を見かねて買って来た食材で適当に朝食を作り、早々と食べて片付ける。
朝食は自分の分しか作らなかった。ダンテがいつ起きるのかも、朝食が要るのかも分からないからだ。
それに、何だか気まずい。

「(まあ、いいよな…)」

自分に言い聞かせ、ネロは制服に着替えた。

「(どうせ、行っても仕方ないんだけどな)」

ほぼ惰性で通っているに近い高校。一体何をしに毎朝早く起きて制服に身を包んでいるのかも分からない。こんな自分を叱ってくれる人もいない。
着崩れた制服を着た鏡の中の自分は、滑稽極まりなかった。

「…………」

気乗りはしないが、ここに居るのも嫌だ。
軽くてぺたんこな小さいバッグを肩に掛けると、おもむろに玄関のドアノブを回す。
辟易した表情のネロとは裏腹に外は見事な五月晴れで、ネロは思わず舌打ちした。



ダンテが目を覚ましたのは午前の十時半だった。
机の上には鉛筆とぐしゃぐしゃに丸めた原稿用紙がそのままになっている。
ベッドからのろのろ這い出し、部屋を出て、キッチンが綺麗になっているのに目を剥いた。が、そう言えば昨日ネロが片付けたのだと思い出す。

シンクも綺麗で、何か作ったような形跡は三角コーナーの卵の殻しか残っていない。
几帳面だ。いや、律儀と言うべきか。どちらにせよバージルの教育の賜物なのだろうな、とダンテはひとり考えた。糞生意気なところまで似ている、とも。

兄は人を寄せ付けない性格のせいで大分損をしていたんじゃないか、とダンテは思う。余計な世話だとは思うが。
ネロもそうなのだろうか。
明らかに近寄り難いと言うか、寄るなとあの双眸が威嚇して来るのだ。多分そうだろう。

加えて素行が荒れているらしいが、果たしてどれ程なのか。
制服を着崩すようになった、とか授業をサボるようになった、とかならまだ可愛い方だとは思うが。
どのみちネロの事はほぼ何も知らないに近い。

ダンテは頭を掻いて、食パンを二枚ほどトースターに突っ込んだ。新しい小説の内容が中々思いつかず、思いついてもまとまらない。一旦休んだ方がいいのだろうか、とも考えたが、あの女性編集者が許してくれるとも思わない。
彼女は小柄な見た目に似合わずあらゆる意味で強いので、出来れば敵に回したくないのだ。

「どーすっかな…」

伸びをすると背中がバキッと音を立て、首を回すとゴキゴキ鳴った。
もう一度伸びをすると、トースターからトーストが飛び出したので皿に取る。

「…メシ食ってからにすっか」



結局追加でもう二枚トーストを食べたダンテは再び部屋に籠り、原稿用紙に書いては消し、消すのも億劫なだけ書いてしまったものはやはりぐしゃぐしゃに丸めて捨てるを繰り返した。原稿用紙だけは大量にあるからまだ無くなる心配はない。

ダンテはパソコン等を使って小説を書くのを好まない。
こっちの方が書きやすい、のは結構だが、こうしてゴミが大量に出るのは少し問題かもしれない。

「あー、…」

椅子の背もたれに寄りかかって唸った。ギギギと悲鳴を上げる背もたれには目もくれず、ふと窓の外を見るとすっかり日が落ちている。

もうこんな生活にも慣れっこなのでさして驚きはしないが、そう言えばネロは帰って来ただろうか。来てない気がする。気付かなかっただけ、と言う可能性は大いにあるが。

「(夕飯食ってねぇな)」

思い出すと途端に腹が減って来た。何か適当に食べようかと部屋を出て、その時、玄関のドアが開いた。

「……………」

「……………」

お互いに固まり、無言になる。
限りなく居心地の悪い静寂を破ったのは、ダンテの一言だった。

「…どこで遊んで来たらそうなるんだ?」

茶化すような口調で、しかし冷たい声色のダンテに、ネロが何か言葉を返す事は無かった。

目線を逸らし、足早に部屋に戻ったネロは、見てるこちらが痛くなる程に怪我だらけだ。

打撲、切り傷、どれも人為的に付けられたのが明らかなものばかり。しかし手の甲に付いた傷が、それが相手方の一方的な暴力でなかった事を示していた。

ダンテは深い溜め息を吐いた。

「んっとにややこしい奴拾っちまったな…」

兄の娘は、思ったよりも、かなり良くない荒れ方をしているらしい。


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